マリー
「何でわたしがあなたの教科書を取らないといけないのよ。新しい教科書がもらえるのに」

 心臓はいつもより早い鼓動を奏でる。

 彼らが知美の荷物に入れた可能性が頭を過ぎったのだ。

「机の中のものを見せてみろよ」

 岡江は知美の机に手を入れようとした。

 だが、彼の目線は知美の鞄を一瞬見た。彼の目が見張り、鞄のチャックを締めていなかったことに気づいた。

「これ」

「あれじゃない? 教科書」

 そう口にしたのは笠井の前の先の湯川だった。彼女は年頃の少女にしては大きな指先で楕円を描くようにして、教室の後方にある荷物を入れる事が出来る棚を指差していた。

 その岡江の場所に算数の教科書が一冊置いてある。

 岡江は跳ねるようにそこまで行き、それを確認していた。

「あ、俺のだ、何でこんなところにあるんだろう」

「自作自演じゃねーの?」

「違うよ。俺は確かにこいつの」

 だが、彼は言いかけた言葉を噤んだ。

 岡江はぶつぶつ文句を言っていたが、それ以上知美に責任を擦り付けることはなかった。

 岡江が座るのを待ち、高田が授業を始めていた。
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