キミが泣くまで、そばにいる


「失礼します」

 扉をスライドさせると、教室とは違う、どこかぴりっとした空気がこぼれ出る。

 無人の事務用デスクが4つくっついて、狭い部屋の真ん中に島のように浮いていた。職員室の一角を切り取って貼り付けたみたいな部屋だ。

 クラスを持たない非常勤教師たちが使う準備室。そこにいるのは今、ひとりだけだった。

 ホワイトボードにペンを走らせていた彼が、私を見て微笑む。

「やあ、知紗」

 メガネの奥の目が柔らかく緩むと、私の心はきゅっと締まる。

「先生」

 扉をしっかり閉めてから、私は佐久田先生に駆け寄った。白衣を羽織った先生は、スーツ姿のときよりもずっと数学教師っぽい顔をしている。

「ほかの先生はいないの?」

「ああ、ちょうどみんな出払ってて」

 いつもの困ったような笑みを浮かべたまま、先生はキャビネットの上に置かれた電気ポットに近づいた。

「知紗も飲む? コーヒーしかないけど」

「ううん、いいや。それより、急に呼び出されたから、びっくりした」

< 46 / 273 >

この作品をシェア

pagetop