駅前ベーカリー
 5分としないうちに岡田がやってきた。香ばしい香りと少しだけ甘い香りが混ざって、理真の鼻を刺激する。

「…キャラメルマキアート、僕のオススメです。顔が疲れていますよ、理真さん。」
「え?」
「ようやくちゃんと目が合いましたね。」
「っ…。」

 指摘されてしまえば理真に逃げ場はない。…この上ないくらいに恥ずかしい。これでは本当に、男を知らない、恋を知らない人間みたいだ。

(…本質的に、私は何も分かってなかったってこと?だとしても恥ずかしい!)

「少し甘くしておきました。」
「…ありがとう、ございます。」
「運動会、お疲れ様でした。かっこよかったです。」
「え?わ、私が?」
「はい。理真さんが一番、かっこよかったと思います。少なくとも僕は。」

 にっこりと、営業用よりも一段と優しく微笑む岡田にまた心拍数が上がる。
 多分、もう認めてしまった方が早い。―――自分は恋に落ちている。苦いブラックコーヒーのような毎日に少しずつ砂糖を溶かしていってくれた彼に、惹かれないはずがなかった。

「理真…さん?」
「あ、えっと、ありがとうございます。そんな風に言ってもらえたの初めてで、嬉しいです。私、今年1年目で何もかも自身が無くて毎日がむしゃらだったんですけど、それを認めてもらえたみたいで…嬉しいです。ありがとうございます。」

 精一杯の笑顔で返そうと思った。それくらいに岡田の言葉が嬉しかったから。自分の頑張りが認められたような気がしたから。

「っ…それは、…破壊力が…。」
「え?」
「いえ、こっちの話です。理真さんに喜んでもらえたならそれでいいです。ゆっくり召し上がってください。」

 岡田が逃げるように理真に背を向けた。

(え、私何かしちゃった…?)
< 10 / 30 >

この作品をシェア

pagetop