駅前ベーカリー
「もう一回、呼んでください。」
「えっと、凛玖、くん?」

 理真は岡田の目の前に座った。するとゆっくり伸びた岡田の長い腕が理真を抱き寄せる。

「…ちょっと、近付けた気がします。」
「え?」
「理真さんは僕のすごく先を歩いているような気がするから。」

 そっと呟くように落ちた言葉が理真の心にじんわりと染み込んでくる。岡田の顔が理真の肩に乗る。岡田がすうっと息を吸う音が耳元で聞こえる。

「…それは、私が年上だから?」
「それだけじゃ、ないです。」
「老けてるってこと?」
「違いますよ。」

 くすっと笑って、岡田は理真を抱き締める腕を少しだけ緩めた。優しく視線がぶつかって、何だか気恥ずかしい。

「そういう顔のときは…すごく近いのに、理真さんは掴まえたと思ったらいつの間にか一人でどこかに行っちゃいそうな…感じがします。」
「どこにも行かないよ?」

 あまりに不安げな声に理真は岡田の頬に手を伸ばした。軽く触れると岡田の手が理真の手に重なった。
 そのまま吸い寄せられるように顔が近付く。唇が触れ合いを楽しむかのように、甘い音を立てる。ただ触れては離れて、それが寂しくてまた吸い寄せられる。唇を重ね合わせるだけなのに、その行為がどうしてこれほどまでに愛しいのか、いまだに理真にはわからない。それでも岡田とのキスをやめたいとは思わないほどに心地よい。

「私、ちゃんとここにいるでしょ?」

 理真はそう言うと岡田の胸にそっと身を預けた。体重を少しだけかけると、岡田はもう一度理真の身体をゆっくりと抱き締めた。
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