駅前ベーカリー
 * * *

 2日後の金曜日の朝には行けなかった。なぜなら、あまりに疲れていて起きれなかったからだ。明日は運動会。今は運動会の準備を終え、明日に備えて帰っているところだった。朝行けなかったベーカリーを横目に溜め息をつく。

「美味しいパンが食べたかった…。」

 明日は5時半くらいには家を出発しなくてはならないのだろうかと思うと憂鬱さはさらに増す。若手は特に何をするか分かっていなくても早く行かなくてはならない。

「…早く帰ろ…。」
「あれ、いつも来て下さってる…。」
「あ…。」

 理真が顔を上げた先にいたのは、岡田だった。普段のエプロンとは違う、普段着の岡田はいつもよりも幼く見える。

「お疲れ様です。お仕事帰りですよね?」
「あー…えっと、はい。」

 岡田はいつもの営業スマイルとは少し違う笑みを浮かべている。穏やかであることに変わりはない。

「毎日こんなに遅いんですか?」
「いや…違うんです。今日は特別。」

 これは嘘だ。確かに明日は運動会だから特別に忙しいが、帰りが9時半になるのは別に今日だけに限った話でもない。

「明日何かあるんですか?」
「えっと…イベント?的な…。」
「そうなんですか。俺も明日イベントです。姪っ子の運動会があって…」
「運動会?」

 思わず大きな声が出た。この辺りを私服で、この時間帯に歩いているということはおそらく近場に住んでいる。とすると姪っ子が通っている学校は限られてくる。

「あの、姪っ子さんの学校ってもしかして…。」
「あぁ、○○小ですよ。1年生です。」

 …眩暈がする。こんな偶然、あっていいものだろうか?

「明日、来るんですか?」
「はい。」

 (ああ、笑顔が眩しい。私の身分もばれるのかぁ…)
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