駅前ベーカリー
 靴を脱ぎ終え、凛玖に支えられながらなんとか部屋へ辿り着く。凛玖が理真から手を離し、布団をめくる。

「ゆっくり身体、倒して。」
「…ありがとう。」
「じゃあ俺、とりあえず体温計を…。」
「待って!」
「え?」

 理真は布団から手を伸ばし、凛玖の服の裾を引いた。一瞬驚いた表情を見せた凛玖だったが、途端に優しくて甘い笑顔に変わる。

「待つよ?どうしたの?」
「…ひ、とりに、…しないで、ほしい。」
「え?」
「だって今日、デート…だから。」

 理真の発言に凛玖の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
(…なんだ今の!可愛すぎるよ理真さん!)

「理真、さん…?」
「らしくないこと、言ってるってちゃんと分かってるの。でも、…私ほんとに今日を凄く楽しみにしてて…。」

 凛玖は服を掴んだ理真の手をそっと包み込み、そのままぎゅっと握った。

「…続けて。」

 凛玖が時折見せるようになった恋人としての笑顔に熱が上がっていくような気がしながらも、大事なことを伝えたくて理真は口を開く。

「…凛玖くんと過ごす時間、いっぱい取れないから、…だから、今日は本当に一日中一緒にいたい、一緒にいれるって思ってたから…。その…。」
「『少しでも離れると、寂しい』?」

 理真は素直に頷いた。デートを続けられなくなったことも寂しいし、今凛玖がこの部屋を出ていくことも寂しい。たかが体温計を取りにいくだけの僅かな時間でも。こんなことを思う幼稚な自分がどうかしてるのも分かっている。分かっているけれど、それを凛玖に隠し通すことの方が無理だから。
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