駅前ベーカリー
* * *

(あ、また走ってる。)

 岡田の視線の先にはゴール先に走る理真の姿があった。岡田の目に留まる理真は走っているか笑っているか、それとも叱っているかのどれかだった。

(理真さんがなんだかんだ一番動いてる。)

 学校関係者は見た目に分かりやすかった。黄色のTシャツはとにかく目立つ。

(今度は笑ってる。)

 くるくると変わる表情に惹きつけられて、目が離せない。この気持ちを何と呼ぼうかと思案して、それ以上言葉が続かなくなってしまった。
 〝恋〟と呼ぶには淡すぎて、〝愛〟と呼ぶには何もかもが足りない。そんな気がした。だから多分これは〝憧れ〟なのだと思う。
 美味しそうにパンを食べる姿が可愛くて、ただ、可愛いだけではないところにも目がいった。時折深く溜め息をつきながら苦いコーヒーを口に運ぶ時もあり、そんな姿を見て何かできたらと思う自分がいたのは確かだ。おこがましいことかもしれないが、そんな風に溜め息をつくことが減れば、と。

(あ、今度は叱ってる。あの子また何かやったのかな。)

 問題児らしき男の子が理真に叱られている姿を見るのは今日でもう3度目だ。元気すぎる男の子に手を焼いているのは確からしかった。

「あ、凜玖!こんなところにいた!閉会式、ビデオ撮るのあんたの仕事でしょ?」
「そんなの祐人さんに頼んでよ。」
「祐人はカメラ、あんたはビデオ。」
「姉さんは?」
「あたしは肉眼。」
「……分かったって。可愛いもんな。」
「そうそう。しっかり撮りなさいよ。」
「分かってるって。」

 岡田は軽量のビデオカメラを握った。

(うっかり理真さんを撮影しないように気を付けないと。)

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