幻想
 妙なご託宣を置き土産に中年女性店員との絡みは終わりを告げた。人の話を真剣に聞き、それに対し応えるというのは労力がいることなのだな、と鈴音は改めて感じた。それにしても遅い。待たされるのは嫌いだ。でも、待っていたから中年女性店員と出会い、会話し、様々な事柄に触れることができた。
 貴重な体験。
 といえば、鈴音は浅草駅に向かっている。カップルが街を歩き親子連れが笑みを空に放っていた。そのせいか雲一つない青空が広がっていた。空とは対照的に、その一点だけ曇り空を漂わせ、大粒の雨でも降っているのではないか、と思われるほど涙を流している女性を鈴音は目撃した。トリートメントを浸透させた綺麗な茶髪。職業はOLだろう。薄手のジャケットを羽織り、タイトなパンツがすらりとした体型を際立たせていた。
 女性が涙を流す原因として考えられるのは、感動的映画での緩む涙腺、なんらか悔し涙、そして別れの涙。女性の雰囲気的に三番目が濃厚なのではないか、と鈴音は勘ぐる。
 通行人や警備員までもが涙する女性を心配そうに、または好奇の眼差しを向けている。この場は女性の独壇場だ。スポットライトが当たり、一種のヒロインを演じている。
 その時、鈴音は肩を叩かれた。
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