幻想
 と平静を装いながらも胡桃の心中は穏やかではない。そうなのだ、花丸の言う通り訳があるのだ。それが全ての女性に当てはまるかは定かではない。でも、私という人間は涙を、大粒の涙を流した。辛く苦しいときは涙を堪えるのではなく、全て流した方がすっきりする、と今日の占いカウントダウンでやっていた。ちなみにラッキーアイテムは、半回転ジャンプ。半回転ジャンプっていつからアイテム化したのだろう、と胡桃は思ったが、その場で半回転した。でも、運気はは変わらないし、半回転ジャンプしたことで軽く目眩を引き起こした。
「隠す必要はないです。人は泣くことで、新しい自分に生まれ変わるのですから」
 花丸は言った。
 知り合って一駅半。彼の素性は未だにわからないし、頼りがいがあるのか、たんなる情け男なのか判断には困るが、今の一言に関してはこれだけは言える。「大変よくできました」
 おっ、と花丸は唇をすぼめ、「涙の雫を落としたんです。何があったか話してみませんか。解決策が見いだせるかもしれません」
 胡桃は息を吐いた。女は喋ってストレスを発散し明日への糧とする。解決は既にしているのだ。もう、涙を流した時点で解決のゴールテープは切られている。切られた時点で元には戻らない。割れた陶器を元通りに戻せないように。完全なる修復は不可能なのだから。

 胡桃は三年前に個室サロンを開業した。都内の古びたアパートを借り、有能な業者を選定しリノベーションを施し、アジアンテイストな居心地の良い空間にアパートを生まれ変
わらせた。内装のデザインは胡桃自ら考え、業者お抱えのデザイナー曰く、「クリエイト
してますね」と驚嘆させた。
 癒し、落ち着き、静けさ、この三本を胡桃は重要視している。この三つに共通し、行き着く先は、眠り、である。現代は忙しない。パソコンを筆頭にした電子端末で、最も精密でデリケートな部位である、目、は疲労を来している。不便な時代だったはるか昔、獲物を狩り、畑を耕し、新たな土地に向い歩みを進める。そんな生活に戻りたくはない現代人は、電子機器を愛し、ときに疲弊し、ときに呪詛する。その繰り返しで現代病と銘打った病気は後を絶たない。移り変わる時代の中で煩雑な作業の簡便さは人を楽な道に誘導し、その代償として肉体を蝕む。
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