幻想
そう、表現した方が自然であり、辻褄が合う。いつもは薄めの化粧も、幾分か濃くなり、パートは定時きっかり十七時に終わるにも関わらず、家に帰ってくるのは、日付が変わることも度々だった。家にはブランド物が増え、母親が休みの日には、外食が増えた。
「ねえ、お母さん」
ある日、鳩葉は疑問をぶつけようと決心した。
「どうしたの、鳩葉」
「最近のお母さん楽しそう」
「鳩葉にもいずれわかるよ。人はね、愛で生きているの」
いつもだったら暗い表情で対応を示す母親も変化が表れた頃から、表情が明るくなり、華、があった。高校の同級生の父親が鳩葉の母親に番号を聞いた、ということが近所で広まり、それ以来、鳩葉は執拗な嫌がらせを校内で受けている。仕返しは母親にではなく、娘である鳩葉にぶつけられた。その同級生の父親の家は、家庭内冷戦状態であり、ぎくしゃくしゃ依然の問題であるらしい。でも、幸福な家庭が不幸せになるって、なんだか気味がいい、それが鳩葉の純粋な思いであり、感想だ。鳩葉は父親もいなければ、重要なイベント時である、誕生日、クリスマス、などにはプレゼントめいたものは、皆がもらっている物より、単価が低い。なので、イベント時の話題を避けるにつれ、ああ、あいつの家は不幸だから、というレッテルを貼られつつ、友達も離れていった。そんな時に慰めになったのは、アルコール依存症の父親が置き土産にしていった、一本のアコースティックギターだった。状態も良好で、後で知ったことだが、『マーティン』という非常に高価なギターだった。教則本を図書館で借り、一音一音しっかりと人生の歩みのように鳴らしていった。和音と呼ばれるコードを指で押さえ、しっかりと音が鳴った際には、自然と笑みがこぼれ、なんともいえない充実感が全身を貫いた。それは達成であり、歓喜であり、幸福。それが鳩葉の十代前半の出来事と進化の過程。誰しも過去があるが、誰もその過去を話そうとせず、胸の宝箱に閉じ込める。誰しも。
「鳩葉ちゃん。とりあえず一度、組んでみよう。お試し期間で、さ」
青葉の言葉で鳩葉は現実に戻され気づけば、うん、と頷いていた。
こうして不思議な男、青葉との共同作業が始まった。曲を作るという名目で一人暮らしをしていた鳩葉の家に転がり込み、家事をこなし、洗濯もこなす。彼の出自は謎であり、年齢も謎だ。
「二十歳」
「同い歳だったんだ」
と鳩葉。
「ねえ、お母さん」
ある日、鳩葉は疑問をぶつけようと決心した。
「どうしたの、鳩葉」
「最近のお母さん楽しそう」
「鳩葉にもいずれわかるよ。人はね、愛で生きているの」
いつもだったら暗い表情で対応を示す母親も変化が表れた頃から、表情が明るくなり、華、があった。高校の同級生の父親が鳩葉の母親に番号を聞いた、ということが近所で広まり、それ以来、鳩葉は執拗な嫌がらせを校内で受けている。仕返しは母親にではなく、娘である鳩葉にぶつけられた。その同級生の父親の家は、家庭内冷戦状態であり、ぎくしゃくしゃ依然の問題であるらしい。でも、幸福な家庭が不幸せになるって、なんだか気味がいい、それが鳩葉の純粋な思いであり、感想だ。鳩葉は父親もいなければ、重要なイベント時である、誕生日、クリスマス、などにはプレゼントめいたものは、皆がもらっている物より、単価が低い。なので、イベント時の話題を避けるにつれ、ああ、あいつの家は不幸だから、というレッテルを貼られつつ、友達も離れていった。そんな時に慰めになったのは、アルコール依存症の父親が置き土産にしていった、一本のアコースティックギターだった。状態も良好で、後で知ったことだが、『マーティン』という非常に高価なギターだった。教則本を図書館で借り、一音一音しっかりと人生の歩みのように鳴らしていった。和音と呼ばれるコードを指で押さえ、しっかりと音が鳴った際には、自然と笑みがこぼれ、なんともいえない充実感が全身を貫いた。それは達成であり、歓喜であり、幸福。それが鳩葉の十代前半の出来事と進化の過程。誰しも過去があるが、誰もその過去を話そうとせず、胸の宝箱に閉じ込める。誰しも。
「鳩葉ちゃん。とりあえず一度、組んでみよう。お試し期間で、さ」
青葉の言葉で鳩葉は現実に戻され気づけば、うん、と頷いていた。
こうして不思議な男、青葉との共同作業が始まった。曲を作るという名目で一人暮らしをしていた鳩葉の家に転がり込み、家事をこなし、洗濯もこなす。彼の出自は謎であり、年齢も謎だ。
「二十歳」
「同い歳だったんだ」
と鳩葉。