水底に囁く。
「ここはまだ、底ではないのよ」

宮殿の門をくぐりながら、人魚は言った。

気泡のような儚げな声は、しかし、海の水にくぐもることなく、まっすぐにぼくの耳に届いた。

(どういうこと?)

底でなければ、何なのか。ぼくはすぐさま尋ねた。

彼女が退屈しないように。彼女に飽きられないように。

彼女はふふ、と笑うと、答えてくれた。

「この海には、ここよりもずっとずっと深いところがあるわ。

そこは地上の光の届かない、絶望と安息しかない世界。

ここは、そこと地上との、中継地点のようなものよ」
< 4 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop