略奪ウエディング
「何があったの?今までどこにいたの」
話しかけても彼女はギュッと俺の腰を抱いたまま黙っている。
俺は梨乃の身体をそっと引き剥がし屈んで顔を見た。
泣きはらした目が、俺を見上げる。
「…泣いていたの?…結婚式のこと?」
俺の問いに彼女は首を横に振った。
「とりあえず入って。身体が冷え切ってる」
俺は彼女の背中を押して部屋に入った。
コーヒーを点てながらソファに座る彼女を見る。俯いたままで黙っている。
マリッジブルーってやつか?いや、何か違うな。そんな事を考えていると、梨乃が言った。
「今日、泊まってもいいですか…」
「え。お父さんたちは知ってるの?」
「連絡しました。いいって…」
「そう。じゃあ、いいよ。俺は少し仕事するけど、ゆっくりしていて」
コーヒーを手渡しながら言うと、彼女は嬉しそうに初めて俺を見て笑った。
「…温かい」
カップを両手で包み微笑む梨乃を見ていると、愛しい気持ちが湧き起こってきた。
そのまま彼女にそっとキスをする。
触れるだけの軽いキス。唇を離してその目を見ると、梨乃の目がさらにその先をねだっているように見えた。
「もっと…欲しい?足りない?」
わざと意地悪な言い方で訊ねると素直に頷く。
「…ダメ。ここに来た理由を聞いてから」
俺が言うと、彼女は俯いてぽつりと言った。
「会いたかったからです。…一人で…いたくない。課長の胸の中で…眠りたい」
俺の心の中でざわざわと吹き始める愛しさの風。俺を見つめる瞳が、潤んで輝く。
「いいよ…。温めてあげる。その身体が熱くなるまで。…でも、…仕事を仕上げないといけないんだ。梨乃は風呂に入っておいで。ちょうど沸いてるから。タオルは洗面台の横にあるから」
「…はい」
彼女を風呂に行かせて、一人額に手を当てる。
やばかった…。そのまま押し倒してしまいそうだった。
あの目はないよな…。仕事があるのに。明日までに仕上げないと。
そう考え、俺は思い出したようにデスクに戻ると書類を手にした。
その後また手を止め考える。
だが、何故いきなりここに来たのだろう。
考えても何も分からないまま俺は再び仕事に取りかかった。