略奪ウエディング
――「お風呂、ありがとうございました」
しばらく経ってから声をかけられ振り返った。
彼女の濡れた髪と身体を包んでいる色気が俺に向かって漂ってくる。俺はそんな彼女からさっと目を離すと書類に視線を戻した。
彼女を視界に入れないようにわざと目を逸らしながら、明るい声で話す。
「温まった?俺もさっき入って…」
梨乃を見ていると、仕事にならなくなることは自分でも分かっていた。
そのとき、真横に気配を感じ見上げた。
「課長…」
梨乃が隣で俺を見下ろしている。
見つめ合ったまま動きを止めた。
彼女の濡れた目を直視してしまうともう逸らせなくなる。俺の心の底に眠る欲望がいとも簡単に引き出されていく。
俺は椅子から立ち上がると今度は彼女を見下ろした。
「…仕事だって言ってるのに…そんな目で…」
そのまま引きつけられるように重ねる唇。
それはしっとりと絡み付いて、俺の心を揺さぶる。
「ん……っ…」
彼女の苦しげな吐息が零れて俺の耳に入った頃にはもう、理性の箍が外れていた。
首筋に口づけながら、服の下に指を這わせ、その背を撫で上げる。
君に触れるたびに思う。…愛しいと。
君を知るほどに深みに嵌る自分を、持て余す。
「どうにかなりそうに…抱いてください…。何も、考えられなくなるほどに…」
「…梨乃…」
そんなことは言わなくてもいい。
もう、すでに…自分を見失ってしまいそうだから。