略奪ウエディング
――「何故、今日はここに来たの」
ベッドで彼女と横たわり、その目を見つめながら聞く。
俺の腕に頭を乗せたまま彼女が上目遣いで俺を見る。
「こうして、一緒に過ごしたかったから…」
俺に激しく抱かれた後の梨乃の身体からは彼女特有の美しい艶が惜しみなく放たれていた。目を細めて見惚れる。抱くほどに、飽くどころかもっと知りたくなる。そんな彼女の髪を撫でながら思う。
昨日よりも君が愛しい。明日にはもっと君を好きになる。俺の心は一体どこまで彼女にさらわれてしまうのか。
「結婚したら毎日一緒にいられるのに」
俺が笑いながら言うと、彼女も微かに笑いながら答える。
「…でも今日は…今日しかないから」
今その瞳に映るのは俺だけ。今は、君も、俺だけのものだ。
そのまま抱きしめて目を閉じる。
そうしていると俺の中にある熱が次第にすっと薄らいでいく。こうして抱きしめているときだけは、安心できる。君はここに、俺の中にいるのだから。
「課長?」
「…俺はいつまで課長なの…?名前で呼んでよ。俺に距離を感じさせないで」
「…悠……馬…?」
「気付いてないと思った?君の様子がおかしいことは分かってる。それが何なのかは…分からないけど、あんまり不安にさせないで。…いなくなりそうで…怖くなる」
俺の言葉に彼女は黙り込んだ。
君の心の、見えない部分に、俺は怯えているのかもしれない。俺が奪ったように、誰かに奪われてしまうかもしれない。そんな事を思う自分が、小さく思える。
人は誰かを愛すると弱くなる。
そんなことに今さら気付いた。
これから俺はどんな自分を新たに知るのだろう。
君がそれをこれからも見せてくれる。ずっと、そばで。そう信じてる。
「結婚は…春にしよう」
「え…?そんなに早く?」
「そう。東条と予定していた時期に。会社も来週いっぱいだろ。仕事を新たに探す必要はないよ。君の職業は『俺の奥さん』でいいじゃない」
梨乃が細い腕を伸ばして俺の身体を抱きしめた。
「…嬉しいです。…ありがとう」
俺は本当は焦っているんだと思う。自信が欲しい。君の心が見えなくなっても、揺れてしまわないほどの。
「だから夜遅くに突然来たりしないで。心配だから」
「…はい。ごめんなさい」
俺は彼女を抱きしめながら、何故か不安を拭いきれなかった。
梨乃から伝わってくる、何か…悲しみのようなものに強い警戒心を抱かずにはいられなかった。