略奪ウエディング

「春になったら、兼六園の桜が綺麗なんですよ」

梨乃はこの場の雰囲気を変えようとしているのかわざと明るく違う話をふってくる。

「そうなの?兼六園か。まだ行ってないな。思えばこっちに来て観光なんて全くしていないよ」

「桜が咲いたら行きましょうね?夜の方が趣があって素敵なんです」

「…うん」

答えながら思っていた。
桜が咲く頃には、俺はもうここにはいない。
それを彼女に告げたらどう思うだろう。異国の地に足を踏み出したとき…君は俺の隣にいるのだろうか。
会社に仕えるサラリーマンとしては転勤の話を断ることはできない。
梨乃にその話をしたときの反応に、俺は怯えていた。

自分でもどうしたらよいか分からない。

「やだ…どうしたんですか…。そんなに見ないでください」

彼女を見つめていると照れたように俯く。…失くしたくない。

「ずっと…見ていたい。いつも。…叶うよね?これからも、そばにいてくれるよな?」

…何を言っているんだか。自分でも呆れてしまう。
梨乃は不思議そうな顔をして俺を見つめ返す。

「どうしたの?課長らしくないですよ…」

「はは…、そうだな。…どうしたんだろうな」

この不安の波を乗り越えて、早く彼女に告げなくては。
何事にもあまり動じることなどなかった俺が、彼女の様子ひとつでこんなに動揺させられるとは。

君をこのまま閉じ込めて、全てを奪い去りたい。
俺しか見えない世界へ連れていきたい。
こんな思いを知られてしまったなら、君は俺をどう思うだろう。

「今日も…泊まりますか?」

彼女が赤い顔で言う。誘っていたわけではないのだが。

「いや、いいよ。お父さんが心配なさるだろう」

俺の返事に彼女は俯いて「そうですね」と寂しそうに言った。






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