略奪ウエディング
「俺は、どうやらまだ、梨乃を知りきれていないらしい。君が…分からない」
「課長…」
泣き始めてしまった私を、彼は冷めた瞳で見下ろした。
その唇は、私の涙をいつものようには拭わない。きつく閉じられている。
「昨日、思ったんだ。梨乃は、後悔しているんじゃないかって。…東条を…裏切り切れないのではないかって」
「ちが…」
「君に、プロポーズしたとき、『愛は育つ』って言ったのを覚えてる?」
私は顔を覆った。
「俺は気付いたんだ。あの日、君を奪ったのは何故なのか。君が好きなんだと、ようやく分かった。………愛しているのだと」
彼の言葉が、私の涙をさらに溢れさせる。
こんな形でその言葉を聞くことになるなんて。
ずっと願って、求めて、欲した、彼の気持ちを。
いずれこうなる運命だったのかしら。基盤もないままに、愛は成り立たないものなのかしら。
「…東条の元に、梨乃が戻るのではないかと恐れながらも…君が、大切で、…離したくはないと、心から思ったんだ」
課長は私を見つめて、緩く笑った。
「少し…お互いに考えようか。これからのこと。俺は今の梨乃を、受け止めることはできない。東条に対して悪いことをしてしまったと、ずっと自分を責める気持ちがあった。君の心の中に、少しでも彼のことが残っているのならばそれは、君を奪い切れてはいないということだ」
「待って…」
あなたの言う通り、罪悪感はある。それは私にだって。
でも、切なく燻るような愛を感じるのはあなたにだけ。東条さんに対して、愛はない。
「二度も彼に会ったことの意味が分からない。
……分かりたくもない。…君が…見えない」
「違う…」
お願い。それ以上先を言わないで。終わりたくない。好きなの。課長しか、見えないの。
どうか、私をもう一度抱きしめて。愛の言葉を囁いて。
…どこにも行かないで。
「…しばらく…君には会わない。考えさせて。時間が必要なんだ」
…ああ。…言われてしまった。…涙を止めることができない。
「今日はもう行くよ。少し頭を冷やさないと。…じゃあ」
課長が私に背を向けて歩き出す。