略奪ウエディング
「う…、うえっ…」
さらに涙が溢れる。この人はどうして私の涙腺をこうも緩めるのだろう。彼の口から放たれる言葉の一つ一つが私の固く結んだ決心の紐を緩め、ほどいていく。
こんなに泣けることがこれからあるのだろうか。
私をこんな気持ちにさせる人はきっと課長以外にはいないだろう。
「ねえ、早瀬さん。君を愛しているかと聞かれれば、まだそうだとは言えない。
でも今、確かに言えるのは、君を他の誰とも結婚させたくはないという気持ちがあることだ。
知ってる?…相手を大切に思っていれば、愛は育つということを」
「か…ちょ…」
課長の長い腕が、私の身体を包み込みそっと抱きしめられる。
現実の温かさと幸せに、不安が勝てるわけがない。私はそんなに強いわけじゃない。
舞い散る雪が、抱き合う二人を白く覆っていく。
いつまでもいつまでも、この温もりがあると信じたい。
「俺と、結婚してくれないか。強引なのは許してほしい。もともと気は短いんだ。
さらに諦めも悪いときてる。人のものになると思った途端に欲しくなる。こんな男は嫌だろうか」
…嫌なわけ、ない。
そんな課長だからこれまで目が離せなかった。
「…知って…ます…。嫌じゃないです。本当は課長と、…結婚したいです」
思わず言ってしまっていた。
「本当に?…やった…!」
課長がそのまま強く私を抱きしめなおした。
逆らえるわけがない。罪だと分かっていても、課長を、愛している。
私は顔を上げて課長を見た。
「…ん?」
課長も私を見下ろす。
もう、逃げられない。
私の心に住める人はただ一人。そんな恋しかできない私。あなたを追い出せないのなら他の人は私の心の中には入っては来られない。
「…参ったなあ。女性を横取りしたことなんてなかったのに。俺はどうしちゃったんだろうな…。もう手放せない。…可愛すぎるよ」
「…え?」
課長の端麗な顔がふにゃ、と緩んだ。
「こうなっては仕方がない。…殴られるだけじゃきっと済まないな。覚悟を決めないと。
ここは潔く…人生初の土下座といきますか」
「ええ?あのっ…」