略奪ウエディング
「あーあ…このまま帰したくないなぁ」
彼女を胸に抱いたままぽつりと言うと、彼女はクスクスと笑いだした。
「課長らしくないですよ。どうしたんですか」
胸元でごそごそと感じる動きさえも愛しい。それを押さえ込むように腕の力を強めた。このままここから逃げ出さないように。
「もう課長じゃないよ」
「…あ。そうね。…悠馬…でいい?」
「合格」
「恥ずかしくて慣れないわ…。照れる…」
会話を交わすだけで胸が温まるような気持ちになる。
こんなに愛しいものを今まで知らなかった。
「ね、梨乃。…もう…怒っていない?」
「初めから…怒ってなんていないわ。…ただ…悲しかっただけ。茜さんと一緒のところを見て、…もう会えないと思ったの」
「本当に…ごめん」
俺が落ち込んだ声で謝ると、彼女は身体を起こし俺にそっとキスをした。
触れるだけの、長いキス。俺はその心地よさにそっと目を閉じる。彼女が俺の髪を優しく撫でる。俺が思い切り甘やかすつもりだったのに、こっちの方がまるで子供みたいだ。
その唇がゆっくりと離れ俺は目を開いた。
「…謝ってばかり。私は悠馬がこうして戻ってきただけで…十分なのに。あなたさえいれば…」
そう言って彼女は緩く笑う。
その笑顔を見て…もう、敵わないと思った。
「梨乃…もう一回…して?」
俺がねだるとその唇が再び俺の唇を優しく覆う。
彼女の肩を掴んで身体をひっくり返し、今度は俺が上から梨乃を見下ろした。
「…ヤバすぎだって。止まらなくなるだろ。明日は会議なのにそれどころじゃなくなる。君は今度はアカマメに逆にサービス過剰だって言われるよ」
「やだ…。何を言っているのよ」
俺はアカマメの物まねをした。
「早瀬、手加減しろ。片桐が呆けて全く使えない!」
「もう、やめて」
彼女は無邪気に笑い転げる。こうやってこれからも笑わせたい。
照れて顔を背ける彼女の首筋に俺はそのまま優しく吸い付いた。
「ん…」
彼女の笑いが止まり、眉が苦しそうに一瞬だけ歪む。
そっと唇を離し、浮かんだ痕を見て満足する。
「君は俺のもの。東条にも、牧野にも、あげない。誰にも」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。