略奪ウエディング
「あのさ、俺、…梨乃に話さなきゃならないことがあるんだ」

悠馬がコーヒーをテーブルに置きながら言う。

含みのある言い方だけど、私はもうびくついたりはしなかった。その透き通った瞳を信じているから。
だけど彼の話を聞いて、驚いて固まってしまった。
彼はゆっくりとこう言ったのだ。

――「海外転勤が決まった。来月俺はアメリカに行く」

「……はい?」
『俺は』…?じゃあ私は…?

「梨乃も一緒に…と言いたいところだけど、…ここに残りたいならそれでもいいよ。二年間で帰って来るから」

私はそんな彼を黙って見つめるしかできなかった。
待って。何て言えばいいの?

「結婚も帰ってきてからでもいい。梨乃がそうしたいのなら、…俺はそれに従うよ」

黙ったままの私を見て、彼は寂しそうな笑顔になる。

「だけど俺は出来たら籍は入れてから行きたいんだ。妻帯者のほうが何かと都合がいいし」

「本気なの…?」

私が言うと彼は話すのをやめた。

「え?…転勤の話?…本当だよ。実は金沢に来る前からそういう話はあって…」

「私を置いていくつもりなの?」

「え。…うん、君がそうしたいなら、それでもいいって思ったんだ。急に連れて行けないだろ、やっぱり…」

私は彼を軽く睨んだ。

「…どうして付いて来いって言わないの?私の全部を受け止めるんでしょ…?」

私は涙を堪えて言う。無性に彼に対して腹が立っていた。もう、二人を引き裂くものはないと、幸せを感じていた。あなたを信じているから恐れなどないと、たった今感じていたの。
そんな私をあなたの考えが不安に突き戻すだなんて。


「またいなくなるつもりなの…?二年も…私を一人にするの?それで…いいの?」

そこまで言い終わると涙がもう、抑え切れなくなっていた。

「梨乃…?じゃあ…一緒に、…来てくれるの?」
悠馬は信じられないとでも言いたげな目で私を見て言う。

私は悠馬に抱きついて言った。

「当たり前じゃない。どうして二年も離れていられるのよ…!信じられないわ。付いて来いって、言って」

あなたがそう思うのが、もしも遠慮から来るものであるなら、そんな事はどうか考えないで。
あなたに愛されているのが事実である限り、私はあなたにどこまでも付いて行く。
悠馬が私を必要だと思ってくれるのならば。


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