略奪ウエディング
その夜は彼と抱き合って眠った。
彼の体温が、私をまるごと温める。

「一人で…眠るのが嫌だった。寒くて…冷たいところにいるようで」

「…どうして?」

「分からないわ。…寂しかったのかも。きっと愛に飢えていたのね。…今は、温かい」

私がそう言うと彼は私を抱きしめなおした。

「これからは、寒くはないよ。俺がいつでもこうして梨乃を抱いていてあげる」

彼の囁きを聞きながらそっと目を閉じる。
今夜はよく、眠れそうだ。彼と同じシャンプーの香りが私の髪から匂う。ただそれだけのことが私の心に安心感を与えていた。


――朝。物音で目を覚ました私の視界に、いつものようなスーツ姿の課長がいた。

「あ、おはよう。よく眠れた?…身体…大丈夫か?」

言われてどういう意味なのかを考える。

「…あ…」

「無理させちゃったな。ごめん。止まらなくて」

確かに起き上がるのがちょっと辛い気がした。

「大丈夫」

赤い顔をしてベッドに寝たきりで答える私に彼が近づいてきて、そっと屈んでキスをした。
彼が唇を離し、身体を起こすときに胸元に下がるネクタイが私の頬を滑らかに撫でていく。

「…もう、行くの?」

私が聞くと、彼はふわりと笑う。

「昼には帰るよ。会議だけだから。そんな泣きそうな顔をしないで」

「別に、泣いてなんかいないわ…」

「『そうよ、寂しいわ』くらい言えないの?意地っ張りだなぁ」

彼は言いながら通勤鞄を手にした。

「…寂しい」

それを見て思わず彼の言葉通りに呟く。

「ははっ。素直だな。分かった、早く帰って来るから待ってて」

彼はもう一度、今度は私の頬に優しく口づけた。

「行ってきます」
部屋のドアが閉まり、私の視界から彼は消えた。私はそばにあった彼のルームウェアを取り寄せ抱きしめた。
そうしたら、昨夜の彼の温もりを思い出しいくらか寂しさが紛れた。


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