略奪ウエディング
***
「では、挨拶と乾杯の音頭を主役の早瀬さんにお願いしましょう。さ、どうぞ、前へ」
司会をしている幹事に言われて梨乃はマイクのある方へと歩いて行った。
「あ、あの、皆さん今日は私のためにこうしてお集まり頂きありがとうございます。本当に楽しく毎日過ごせてきました。皆さんのお陰です」
俺は彼女からは離れた席で、緊張して話す様子を見つめていた。
ここは料亭の大広間。
社内で募集したところ、参加者は課の者を始め、他の部署からも集まり総勢五十名にもなったそうだ。
大人しくて人付き合いが苦手なものだとばかり思っていた彼女の、顔見知りの多さに俺は驚いていた。
「私は…月瀬建託で、皆さんと過ごした日々を忘れません。ここで…多くの大切なものに出会いました。これらを大切にしながらこれからも今まで以上に頑張って…いく…つもりです…」
そこまで話して彼女は目を押さえた。もう、話せなくなっている様子だった。
「はーい、出ました、泣き虫早瀬の最後の涙です。今日が見納めで〜す」
司会の突っ込みに皆は笑った。
「そこで登場していただきたいのが、はい、皆さん、あの人ですね?お待たせしました!イケメンフィアンセ!片桐課長!」
「は!?俺?」
急に話をふられ驚く。
「社内で指折りの美女たちのハートを次々と奪い去った挙句、男性社員の心のオアシス早瀬をモノにした我々、男性社員の敵!さあ、こちらで言い訳をしていただきましょう!どうぞ!」
「な!?」
腕を数人に引かれ、無理矢理前へと連れて行かれる。
「おい、なんで」
「はい、課長、奥様にねぎらいのお言葉と、代理の乾杯を」
マイクをポンと手渡される。
…いや、参ったな。目の前で俺を見上げる梨乃と、注目しているたくさんの視線。
「…梨乃、今までお疲れ様。これからの…人生を…俺が預かるから…安心して。皆さんも…心配しないで下さい。彼女は、しっかりと俺が守っていきますから」
俺がそう言うと場は一斉に盛り上がった。
歓声と口笛が沸き起こる。
梨乃は再び顔を覆って泣き出した。