略奪ウエディング
私は彼に駆け寄って、彼の頭を抱えるように抱きしめた。
怒らないわ。たったその程度のことで。仕事じゃないの。
「梨乃…、ごめん。アカマメの行きつけの店が…。俺は別に…そこに行きたかったわけじゃなくて、常務に相談があって」
彼が話すと私の胸の辺りがもそもそとくすぐったい。
「うん。分かった。分かったから…」
子供をあやすように彼の髪を撫でる。必死で言い訳をする彼が愛しい。
そっと腕の力を緩めて悠馬の頭を離し、その頬を両手で包み込み瞳を合わせる。
酔って潤んだ彼の目が不安そうに私を見上げている。
「帰らない。ここにいる。今夜も…私を抱いていてくれる?」
私が言うと、その目に安心の色が広がりスッと細くなる。
…可愛い。彼の笑顔を見てそう思う。
「お酒を少し飲んできたくらいで怒ったりしないのに。…酔うと弱気になるのね」
「…酔わなくても、いつも弱気だよ。梨乃に関しては。俺は君をまだ…幸せな花嫁にしていない。俺を選んで良かったと梨乃が思うまで……。でも、これから…」
「何の話?」
独り言のように呟く彼の言いたいことがさっぱり分からない。
「ねえ、梨乃。キスして?」
「え?」
私の問いをはぐらかすようにキスをねだる。
その目にはまだ不安の影がある。
憂いを帯びたような…探る瞳。切なさが滲んで…綺麗で。
私はそっとキスをする。彼が望むならば何度でも。
彼の吐息からほのかにお酒の香りがする。だけど、それは苦さではなく、甘さを感じさせる。
何を言いたかったの?幸せな花嫁?どういう意味なの?
何をそんなに怖がるの?
私は悠馬がそばにいればそれでいいのよ?
彼が何かを考えていることは分かっている。
それが何かは全く分からないけれど、きっと幸せを覆すものではない。そんな気がする。
「梨乃…、どこにも行かないで…」
彼の手が私の服の中に滑り込んできて私の身体を撫でる。
私はその心地よさに身体をよじった。
そう。いつも願っている。
こうして私に触れてほしい。感じてほしい。私の身体中から…溢れる愛を。
「…悠馬…好き……」
三月二十日になれば、きっと分かる。何かが、変わる。
そんな予感を感じながら、私はその指先に次第に翻弄されていった―――。