略奪ウエディング
「梨乃。お母さんと梨花は出かけるから。鍵閉めておいてね」
「え、どこに?」
「買い物よ」
それだけ言い残し二人は出かけて行った。
私は時計を見ながら準備を急いだ。
お母さんたら、結婚すると決まった途端に私は放ったらかしなのね。まあ構われないほうがいいけれど。
夕闇が迫りつつある外は薄暗くなっていた。
悠馬の笑顔を思い起こし、念入りにメイクをした。
会社の前で彼を待つ。
辞めてからまだ日は浅いのに、もう足を踏み入れるのに気が引けている。
ここで彼の部下として働いていたのが遠い昔のことのように思えた。
皆、元気かしら。スミレは今日も課長に怒られているのかしら。課長と部長は今日も火花を飛ばしているのかしら。
「あれ?早瀬じゃん」
外回りから帰ってきた二課の男性社員に声をかけられた。
「あ、こんにちは…」
軽く会釈をしながら言うと、彼はニコニコとしながら立ち止まった。
「おめでとうな。本当によかったな」
「え?」
私は首をかしげた。
悠馬の転勤のことかしら…?
「はい、ありがとうございます……?」
意味も分からずお礼を言う。
「ははは。何で疑問形なんだよ。じゃあ、どういたしまして……?」
彼は私の口真似をする。
それを見て笑う私の頭をそっと撫でる。
「頑張れよ」
「…はい…?」
笑いながら吸い込まれるように社屋に入って行く彼を見ながら再び首をかしげた。
…あ。最後も、疑問形で答えてしまった。