略奪ウエディング
しかし今、社内恋愛に興じる気などはさらさらない。
ここに来たのは、あくまで目的を果たすためだけだ。
俺が勤める月瀬建託では、全国にアパートやマンションを建設し主に賃貸経営者を育てている。
直営している賃貸物件も所有しており、俺の配属されている営業第二課では地主への土地有効活用を提案している。
近年では海外でも事業を展開していて、俺はいずれ海外勤務に就くことを強く希望していた。
恋愛など、面倒な感情に振り回されている場合ではない。
「あの、片桐課長…、教えていただきたいんですけど」
赴任してしばらく経った頃。
蚊の鳴くような声で話しかけられ、デスクの上の書類から目を離し顔を上げた。
「はい。何?」
「ここのデータを基に新規開拓のグラフを作成するんですが、ここのそばには先日セレモニーホールが建ちまして古いデータは現在のニーズに合わないかと…」
そこには早瀬が申し訳なさそうな顔をして立っていた。
改めてよくよく見ると…可愛い子だなと思った。
俺が目に付いたのは、透き通るような白い肌と、控えめな態度。
俺の目線はそんな彼女が差し出した資料ではなく、彼女の俯く顔に向けられていた。
ストレートのさらさらとした長い髪を耳にかけており、その耳には小さな赤いピアスが付けられている。
彼女は俺の視線にも気付かず淡々と説明を続けていた。
「片桐課長?あの、…分かりにくかったですか」
そんな彼女をぼんやりと見ていると、その顔がパッと上がった。
…はっ。
「あ、ごめん。続けて」
やべ。…見惚れていた。
こんなことでは業績を伸ばすどころではないな。
慌てて資料に目線を移す。