略奪ウエディング



「さっき牧野に言われたんだ。『奪って捨てるのがあんたの趣味なのか、いらなくなったのなら今度は俺が奪う』ってね」

苦笑しながら照れて言う課長の顔に久々に見入る。
もうこの距離で課長を見上げることなど出来ないと思っていた。
二週間もの離れた時間をものともせずに、瞬時に記憶が呼び覚まされる。
思い出さないようにと努力してきたはずなのに。

「…自分でも分かっていた。俺が間違っていることは。でも梨乃になんて言って声をかけたらいいのか分からなくて。形に囚われすぎて大切なものを見失っていたよ。牧野に言われて気付けたんだ。バカだよね」

「形?」

「あの日、梨乃の気持ちに本当は応えたかった。自分を抑えるのに必死になった」

課長の秘めた思いに息が止まりそうになる。驚きで何も言えない。

「プロポーズした翌日に君を抱いたなら…身体だけだと思われてしまう気がした。俺たちには積み重ねた段階の部分がない。突然始まり、思いのままに君を抱いたら…燃え尽きて…消えてしまうような気がした。焦っていると君に思われたくはなかった。
あの時、…東条の言葉が頭をよぎったんだ」

東条さん?
もう思い起こすこともなかった元婚約者の名前が急に出てきて私は混乱する。

――『まあ、見た目と胸だけはいい感じだと思ったけどね~…』
彼の言った言葉が再生され、ようやく課長の言いたいことが分かった。

「そんなこと…思うわけがないのに…」
同じだなんて思わない。ずっと見てきたあなたのことを疑うはずなんてない。

私がそう言うと、彼は突然私をギュッと抱きしめた。

「えっ。課長?」

「…ごめん。俺のつまらないプライドで梨乃を傷つけた。君が座り込んで泣きだしたのを見て、胸が締めつけられる思いだった。君が立てなくなるほどにひどいことをしていたのだと気付けなかった自分が歯がゆくて…」

絞るような声で、綴られていく課長の本音。
私はそんな課長の体温に包まれながら、再びそれを感じることができた喜びに胸を震わせていた。


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