略奪ウエディング
そっと身体を起こしベッドから這い出た。シャワーを浴びようと思い立ち上がる。
「……悠…馬…?」
小さな声が背後から聞こえ足を止めて彼女を振り返った。
梨乃が眠ったままの体勢で目だけをこちらに向けている。
「……起きたの?おはよ」
俺が言うと、梨乃は柔らかな笑顔をみせた。
「……おはよ…」
……可愛い。眠気の残るあどけない笑顔を見て素直にそう思う。
彼女が社内で密かに人気があることも頷ける。本人は無自覚のようだが。
「……どこに行くの?」
俺がどこかに行こうとしていることに不安を感じ笑顔を消した彼女に、つい少し意地悪をしたくなった。
「いや、…もう帰ろうと思ってさ。会計は済ませてあるから梨乃はゆっくりしていけばいいよ」
クスクスと笑いながらそう言ってみる。
「……え…帰る…?」
すると彼女の表情がさらにサッと悲しげなものに変わった。
俺の予想に反して、次第に瞳が潤み始め、涙がツーと流れ出した。
「ちょ…っ、待って…」
俺はギョッとしてベットのそばへと慌てて戻る。
ほんの冗談のつもりだったのに…。
「ごめん、シャワーだよ。嘘なんだ、冗談だよ。君を置いて帰る訳ないよ。ごめんね…?」
彼女の涙を指で拭いながら必死で弁解をする。
俺の嘘に『なによそれ』くらいの反応をするものだと勝手に思い込んでいた。
「そう。…ごめんなさい、本気だと思ったから…。私って…こんなだから東条さんにもつまらないって…思われていたんですよね」
急に彼の名前が出てきて少しだけ動揺する。あの日の彼の態度に感心できる部分は一つもなかったが、俺が婚約者を略奪した、という後ろめたさだけは当然今もあった。それを梨乃に悟られないようにしようと、毅然とした口調で彼女に告げた。
「彼は関係ない。俺は彼の考えが何一つ正しいとは思えない。彼の言ったことに君がいちいち思案する必要はないよ」