略奪ウエディング
だけど、無性に今すぐ課長に触れたくなってまたすぐに顔を上げると、そのまま課長をじっと見つめた。
「…ん?」
そんな私に気付いて彼は私を見つめ返した。
しばらくして、課長の顔に笑みがふっと浮かんだ。
「…全く。甘えん坊だなぁ。ご飯が冷めるって言ってるのに。…いいよ、おいで」
課長が手を広げる。
「いや、私は…そんなつもりじゃ」
私が触れたがっているのがどうして分かったのだろう。気恥ずかしさからか、素直になれずに目を逸らして箸を動かす。
「俺が梨乃を抱っこしたいの。いいからおいで」
言われておずおずと近づき彼の隣に座ると、彼は私をヒョイと自分の膝に乗せた。
きゃ…。私は驚いて身体を強張らせた。こ、これは恥ずかしすぎる。抱っこなんて子供のとき以来されていない。
「いや…重いから…」
私が降りようとすると、課長が私の身体を丸ごと包むように両腕で抱きしめて押さえた。
背中に感じる体温が温かい。
「ごめんね?人生で一番輝ける時間を君にあげられなくて。…でも梨乃は普段のままで十分可愛いから、ドレスなんて着られたら俺、めまいがしてしまうよ。だからこの身体だけで俺のところに来たらいい。あとは何もいらないから。綺麗に着飾った君も見たいけれど、このままでいい」
優しい言葉に、胸が熱くなる。
私の心を軽くするための魔法の呪文のようだ。課長に触れるたびに、言葉を交わすたびに、繰り返し味わう夢のような時間。
幸せで溶かされそうになる。
普段の厳しい課長からは想像もできないほどに甘やかされる。
「…私には、返せるものが何もない。…幸せを、受け取るばかりで」
「たくさんくれてるよ?…梨乃が笑ってくれていれば俺はもう十分」
…ごめんなさい。本当にごめんなさい。結婚式はできないけれど私にできることは何でもあなたにしてあげたい。
私は課長の膝の上で泣き出した。まるで優しくあやされることを期待して待つ小さな子供になったように。悪いと思いつつもその手に甘えて包まれてしまう。
そんな私の頭を課長は私が泣きやむまで温かい手でそっと撫でてくれていた。