略奪ウエディング

私の唇がカタカタと震え出す。何も言わないで。これ以上、何も…。

「彼が土下座をしたとき…本気なのだと分かった。…その隣で泣き出した君を見て…泣かせたくはないと思った」

私の目からも涙が溢れ出してきた。

「俺の、…存在が、君の幸せの邪魔をしている。それが嫌だった……」

「やめて…くだ…さ…」

立ってはいられなくなりそうなほどの罪悪感が私を襲う。

「君を…楽に…してあげたかっ…」

東条さんの目からも涙が次々とこぼれていく。
彼はもう、話せなくなるほどになっていた。

「ごめ…なさ…」

彼はどんな気持ちで私を侮辱したのだろうか。自分を偽り、私の幸せを願った。
そんな事をさせてしまった自分が許せなくて、どうしたらよいか分からなかった。

私たちはしばらく、気持ちが落ち着くまで黙って泣いていた。

『幸せになろうね、…梨乃さん。子供をたくさん作って、楽しく…』
…全ては嘘ではなかった。
彼の夢を、私が壊した。

…課長を、愛しすぎているために。
申し訳なくて、悲しくて、どうにかしたい。
でも、私の心にはいつでも課長だけ。どうしようもないくらいに…。

「…もう、帰って…?ありがとう。……もう、大丈夫だから、もう…来ないで。俺を、忘れて。幸せに」

私は返事をすることすら出来ずに病室を出た。

課長に会いたくてたまらない。だけど、今日は会ってはいけない気がした。

身を切られるような思いを抱えたまま、私はとぼとぼと病院の暗い廊下を歩いていた。


< 91 / 164 >

この作品をシェア

pagetop