略奪ウエディング
後ろを向いた途端に、堪えていた涙が流れ落ちる。
泣かずに、最後まで言えた。気力だけで乗り切った。彼はきっと気付いてはいないだろう。
私はそのままドアに向かって歩き出した。
ごめんなさい。さよなら…。……ありがとう。
心で彼にそう告げながら。
「梨乃ちゃん」
呼びかけられて立ち止まった。
「…最低だよ。君のしたことは。君なんか…好きにならなければよかった。出会いたくはなかったよ」
口を押さえて嗚咽を堪える。
私は何も言わずにそのまま部屋を出て、力任せにドアを後ろ手に閉めた。
廊下を走って病室からできるだけ遠ざかる。
エレベーターの前まで来たとき、足を止めてそのまま壁にもたれかかった。
「う…、うう…っ」
崩れるように泣きだした私を、通りすがりの看護師が不思議そうに見ている。
ごめんなさい、ごめんなさい。
何度も心の中で謝った。
その時、ふと思った。
わざとひどい言い方をした私の心を…彼は見抜いていたのかもしれない。
最後に再び、わざと私を軽蔑した言い方をしたのでは…?
さらに涙が出てくる。
本当に悪い人を演じたのは、私ではなく、彼の方だったのかも知れない。私のために、また同じことを…?
東条さんの病室の方角を見る。
…もう、確かめることは、できないけれど…。