アイスブルー(ヒカリのずっと前)
はじまりからおわりまで

早朝。

湿った空気を深く吸い込む。
緑の香り。

鳥が鳴いている。


軽く汗をかきながら、鈴音はコンクリートの坂を上った。

見上げると、白い雲がゆっくりと動いている。
手のひらで前髪を書き上げて、再び大きく息をすった。


「いい匂い」
鈴音はつぶやいた。



坂のてっぺんにある学校へ通う学生達が、数人歩いている。
夏服に衣替えをしたばかりなのだろう。
白いシャツは洗いたてで、きらきらしていた。


鈴音は少し立ち止まって、大きな鞄を肩にかけ直した。
引っ越しというには、あまりにも少ない荷物。


左に折れる角が見えて来た。
左手に生い茂る木々が、そこだけぷつっと途切れている。
その奥からは、もっときつい坂がまってるのだ。


そこでふと、鈴音は視線を背中に感じた。

思わず振り返る。


鈴音より十メートルほど下に、二人の学生が立っていた。

背の低い方の少年が、目を大きくして、鈴音を見つめている。
口を少しあけ、思わず立ち止まってしまったように見えた。


黒い髪。
男子学生にしては低い身長。
夏服から見える肌は白く、少女のようにも見えた。


隣にいた背の高い細身の学生が「どうしたんだ?」と問いかけたようだ。

鈴音から視線を外さないまま、その華奢な学生は何か答えている。



鈴音は首を傾げた。
思い当たる節がない。


進行方向をを見る。
鈴音の前には、誰もいない。

もう一度振り返った。
まだ見られている。


鈴音は少し気まずくなって、視線を振り切るように歩き出した。


「なぜあんなに見てるんだろう。誰かに似ていたとか?」
鈴音は考えた。


そのまま角を左に折れて、急な坂を足に力を入れながら昇る。

規則正しい呼吸音。


かつてこの道を、毎日こんな風に歩いていた。
鈴音は視線を足先にやる。

重いプリーツスカート、白い靴下、そして履き古した革靴が脳裏に浮かび上がる。


永遠のようで、一瞬だった、あの季節。


道の左手は手入れをされていない薮がしげる。
日陰はひんやりとした空気が漂っていた。
右手は急斜面に立てられた住居が点在する。


「もう少し」
鈴音は息を切らしながら言った。


坂を上りきると、一気に視界が開けた。
遠方に住宅街。
道路沿いの小さな敷地の畑。


「家が少し増えたみたい」
鈴音は鞄を再度肩にかけ直して、歩き出した。
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