アイスブルー(ヒカリのずっと前)
食器を片付けた後、しばらくテレビを見ながらぼんやりとする。
テレビでは、芸人が体当たりの芸を見せていた。
人工的な笑い声。
「ちっともおかしくないや」
拓海は口を尖らせ言った。
ふと携帯の時計を見ると八時少し前。
拓海はそっと襖を開け、寝ている母親を覗き込んだ。
熱さで顔が上気している。
寝ているものの、大きな呼吸で胸が上下する。
拓海は氷枕を作り、母親の頭の下に入れた。
それでも母親は目を覚まさない。
「薬、買ってこなくちゃ」
拓海は部屋のカーテンを閉め、戸締まりをした。
心配が募ってくる。
ただの風邪で、これで母親がどうにかなるわけではないと思うけれど、それでも母親の身に何か起きたら、と思うと不安になった。
ポケットに携帯と財布を入れ、部屋を出る。団地を出て、駅へ向かう緩やかな坂道を下った。
「僕があんな風に言って、あの人はどう思っただろう」
拓海は暗がりに目をやりながら思った。
鈴音が縁側で泣いている姿が想像できた。
泣いて後悔して欲しい、と思ってる。
それから。
それから。
手を差し伸べて、
鈴音に「泣かないで」と言いたいとも、思っている。
複雑な感情。
「鈴音さんはどうしてるだろう」
拓海は声に出して言った。
空を見上げると、星が見えた。
風はひんやりと冷たい。
木々の間を縫って、拓海のシャツの中を通り抜ける。
季節が変わる。
夏が終わる。
「夏を楽しんで」と言った、結城を思い出した。
楽しかった。
鈴音といるのは、楽しかった。
思い返すと、思わず笑みがこぼれた。
望んで、鈴音の側にいたんだ。