アイスブルー(ヒカリのずっと前)
二人で居間に戻る。
拓海は再び机の前にあぐらをかいて、つっぷした。
鈴音は驚いて
「え? 泣いてるの?」と拓海の肩に手をかけた。
拓海は顔をあげ、笑顔をみせる。
「泣いてないよ」
「なんだ」
鈴音は力がぬけて、拓海の横に座り込む。
「別にどっちでもいいんだ。鈴音さんが信じてようと、信じてまいと」
拓海が言った。
「今一緒にいるから、別にどっちでもいい」
鈴音はそのストレートな表現に少したじろいだ。
「でもそろそろ学校始まるでしょう?」
「ここに来ちゃだめなの?」
「別に来てもいいよ。でも毎日は、駄目」
「ええ! なんで?!」
拓海がびっくりして身体をのばす。
「だって、学生でしょう? 勉強もするだろうし、他にやらなきゃいけないことも」
「他に何やるの?」
「……ほら、勉強とか、遊びとか。専門学校に行くかもって言ってたし」
拓海が抗議の表情を浮かべる。
「ここは、拓海くんちじゃないでしょう」
鈴音は続けた。
拓海は再びつっぷして、黙り込んだ。
鈴音は軽く溜息をつく。
駄々をこねる子供みたい。
どう考えても、拓海が毎日ここに通い続ける、
正当な理由はない。
拓海は鈴音の子供ではないのだ。
拓海が顔をあげる。
額に腕の跡が赤く残る。
「ねえ、お墓いついくの?」
拓海が訊ねた。
「うん、週末かな……。やっぱり駄目。一人で行くから」
「ええ!?」
「あなたは関係ないもの」
「ちぇ」
拓海は再び頬を膨らまし、横を向いた。
祖父母の墓は、現在両親が住んでいるところの近くにあった。
お寺の敷地の中の、一つのお墓。
記憶では、後ろには小山があって、風が吹くとそこに植えられた木々が、大きく身体を揺らしていた。
しばらく父親に会っていないことを、今更ながら後ろめたく思う。
半身が動かなくなり、父親はさらに一層気難しくなった。
少なくとも倒れた直後、病院に見舞いに行ったときにはそうだった。
頑固で、高圧的だった。
倒れても弱気にはならぬよう、自分を震いたたせていた。
今、頑固さには拍車がかかっているだろう。
思うようにできないもどかしさに、腹をたてているだろう。
そしてそんな父親を眉間に皺をよせて世話をする妻と、離婚しても顔を見せない薄情な娘にも、激しく怒っているはずだ。
ふと拓海の視線を感じて、目をあげた。
「うちにノート型コンピュータがあるんだ。それをここに持って来て、宣伝カードの作業してもいい?」
「いいよ」
鈴音はそう答えた。