アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「彼女と出会って、それから?」
拓海は物思いに耽る鈴音の横顔を眺めながら、そう思った。
あの日、坂道をかけあがった。
怒りや、悲しみや、痛みの中にあっても、鈴音に会いたいとう気持ちが先にたった。
馬鹿げてるとも思う。
勘違いや、思い込みだと言われたら、反論のしようもない。
でもとにかく会わなくちゃ、と思った。
会ってから、それからはわからないけど。
それでも、会わなくちゃ、と。
鈴音は拓海の母親ではない。
かつて母親だった瞬間があったかもしれないが、今は違う。
とても不思議で、経験したことのない感情だった。
彼女が膝を抱えている姿を見て、拓海は胸がざわめいた。
悲しさや痛みを思い出す余裕がなかった。
彼女の前に座り、涙をぬぐい、そして腕でそっと包み込む。
彼女の頭のてっぺんに、自然と頬をつけた。
泣いている。
震えている。
無意識に、彼女の頭に唇をつけた。
恥ずかしいという思いはなかった。
気まずくもなかった。
本当に自然で、自分のなかから出て来た、行為。
風鈴が鳴っている。
拓海は庭に目をやる。
「これから、どうしたらいいだろう」
拓海は再び考えた。
今、この場にいることが、とても幸せだと感じた。
満たされている。
なんてことはない。
ただ二人で、この場所にいること。
「彼女のことが好きなんだろうか?」
拓海は首を傾げた。
「違うな」
拓海は思わず小さな声でつぶやいた。
「何?」
鈴音が拓海をみて訊ねる。
ほおづえをついている。
風が通り、彼女の前髪が揺れる。
ノーメークの素肌。
飾っていないし、気取ってもいない。
「なんでもないよ」
拓海は首を振った。
これまで好きになった女の子とは、まったくタイプが違う。
そもそもこんな年上に、女性を感じたことなどないし、今感じているかと言われれば。
「ないかなあ」
「また、何よ?」
鈴音が口を尖らせる。
「なんでもないよ。独り言」
拓海は再び首を振った。
「独り言の多い子だなあ」
鈴音はそう言うと、立ち上がった。
「かき氷食べる?」
「うん」
拓海は笑顔で答えた。
「いちごがいい」
「わかった」
鈴音は頷くと、台所へと入って行った。