アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「ねえ、家族にならない?」




拓海はそう言ってから、自分の言葉にびっくりする。
鈴音は目を丸くして、拓海の顔を見ている。


「家族」


拓海は自分の言葉を理解しようと、小さな声で反芻した。


鈴音がスプーンをガラスの器に置く。
こめかみを両手で押さえて、目を閉じた。


「また頭いたいの?」
拓海が訊ねる。

「ううん、違う」
鈴音が首を振った。
「拓海君を私が養子にするの?」

「そうしたいなら、それでもいいよ」
拓海の口からは、考える前に答えがでてくる。


鈴音が溜息をついた。
「ねえ」

「何?」

「もし、万が一、そんな馬鹿な話はとうてい信じてはいないけれど」

「前置きが長いよ」
拓海は口を尖らした。

「たとえ拓海君の前世にわたしが関係あるとしても、今は違うでしょう? 拓海君には産んでくれたお母さんがいる。感謝してるって言ってたじゃない」

「うん。感謝してる。でもずっと一緒にいるわけじゃない。いつかは家を出る」

「それは、拓海君が結婚したら、でしょう?」

「じゃあ、結婚する?」

「結婚なんかしないわよ。もうっ」
鈴音は怒って、横を向いた。


「なんで怒るの?」
拓海は身体を乗り出して、鈴音の顔を覗き込む。

「当たり前」

「なんでさ」
拓海は溶けてさらさらになった氷をスプーンでぐるぐるかき回す。


どうしてこんな話になったのか、実際拓海にも理解できていなかった。


「拓海君は、いろいろが混乱してるのよ。幼いから、理性的に考えられないの」

「理性的って? 体面がどう、とか?」

「それもあるでしょう。わたしは、拓海君のお母さんと同い年よ」

「そうだね。でも、そんなカップル、世の中にたくさんいるよ?」

「そうはいないわよ。もう、わかるでしょう? わたしの言ってること」

「わかってるけど……どうしたら一緒にいられるか、考えただけなんだ」

「ずっと一緒にいられるわけ、ないでしょう?」
鈴音は怒って、声を張り上げた。


拓海はその言葉に、動揺して押し黙った。
鈴音は自分の言葉が、思った以上に拓海を傷つけたことを知ってか、口をつぐんだ。


「なんでもいい。
息子でも、
夫でも、
恋人でも、
弟でも、
なんでも。

側にいられたら、それでいい」


拓海はなんでこんなことをしゃべっているのか、自分自身で理解していなかった。
でも言った後から、すんなりその言葉を受け入れてる自分がいる。


不思議だった。


鈴音は目を閉じ、溜息をつく。
彼女がすごく困っているのがわかった。
そして彼女が困っているという事実が、自分を容赦なく打ちのめしているということも、わかった。


「もう、この話し終わり」
鈴音はそう言うと、自分の器を持って立ち上がった。


拓海は半ば責めるような視線を彼女に向けたが、鈴音は目をそらして台所に入っていてしまった。


「出会った。そしてこれからどうするのか?」


どうしたいのかは、今わかった。


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