アイスブルー(ヒカリのずっと前)
鈴音は手土産の水ようかんを右手に下げ、左肩に黒いバッグをかけた。
しばらくぶりに電車にのった。
あの家から二時間ほど。
空調のきいた車内からホームへ降り立つと、鈴音は溜息をついた。
こんなに憂鬱になるのは、暑さのせいだけではない。
離婚後初めて、父親に会う。
こんなにも緊張して、こんなにも気まずい。
「先にお墓に参って、それから行こう」
鈴音は一人、そう言った。
駅は大規模に改装され、ホームの幅も広くなり、エレベーターもついていた。
階段をおり、改札を出る。
このあたりは、由緒のある寺と、霊園を中心に開発されている。
鈴音は踏切を渡り、痛いほどの日差しの中、お寺に向かった。
駅とは異なり、道はそれほど整備されていない。
歩道は狭く、通り過ぎる車と接触してしまうかと、はらはらした。
右手のコンビニに寄り、ジャスミン茶を買う。
道でごくごくと半分ほど飲むと、少し気力がわいて来た。
駅から五分ほど歩くと、大きなお寺の門が見えてくる。
門の前に、大きな桜の木。
見上げると蝉がたくさんついていて、みんみんと声をあげている。
急な石段をあがり、お寺の境内に入る。
砂利が敷かれた道を、かかとのある靴で歩く。
「スニーカーがよかった」
鈴音は少し後悔した。
右手の寺務所の引き戸を開けると、ひやりとした空気が漂う。
水桶とお花のセットが、床にならべられている。
鈴音は備え付けられたボックスにお金をいれ、線香とそのお花を手に取った。
線香に火をつけ、専用のかごにいれる。
それを持って歩くと、煙がふわふわと鈴音のスカートの周りを漂う。
小さな門をくぐって、墓地に入った。
たくさんのお墓。
蝉がせわしなく泣く。
お墓の背後に広がる林は、濃い緑色。
太陽を浴びて、艶やかに光る。
頭を丸めたお坊さんが、落ち葉を片付けていた。
鈴音は軽く頭を下げ、挨拶をした。
日向に墓石がたっていた。
枯れたお花が置かれている。
鈴音は墓石の周りを掃除し、新しいお花を供えた。
線香を立てる。
暑い空気の中をあがって行く、白い煙り。
そのまま空を見上げると、真っ青だった。
鞄から数珠を取り出し、手を合わせた。
ここには母方の祖父母と、その両親が眠っている。
人の魂は、どこへ行くのだろう。
鈴音は手を合わせて、そうぼんやりと考えた。
拓海は、自分で願ったと言った。
鈴音にもう一度会えるように、強く願ったと。
願えば、望んだ人生を選ぶことができるのだろうか。
「おばあちゃん、今どこにいるの?」
鈴音はつぶやいた。
祖母の魂は、何を望んだろう。
生まれ変わること?
それともあの家にとどまること?
祖母にはあの家にいてほしい。
鈴音はそう思ってから、自分がとても利己的だと感じた。
残り少ない命をかけて、蝉が鳴いている。
鈴音は目を開け、墓前を後にした。