アイスブルー(ヒカリのずっと前)
細い道を行くと、家が見えて来た。
茶色い外壁。
ガレージと、小さな庭。
母の自転車が、壁に立てかけてある。
欧風調の門の前に立つ。埃で汚れている。
鈴音はそっとチャイムを鳴らした。
しばらくして「はい」と母親の声がこたえた。
「鈴音です。ただいま」
鈴音はそう言うと、緊張をほぐすために深呼吸をした。
頭の上が太陽の熱でちりちりする。
かなりの距離を歩いて来たので、暑くて暑くてたまらなかった。
玄関の扉がかちゃっとなり、母親が顔を見せた。
「おかえり、はいってらっしゃい」
母親は日差しに目を細めながら鈴音を手招きした。
鈴音は門を開けて、中に入る。
以前はなかったスロープが、玄関先についていた。
「ただいま」
鈴音はそう言って中にはいった。
独特の匂いがする。
フローリングの匂いか、壁紙の匂いか。
鈴音は玄関横に取り付けらている鏡で、自分の姿を確認した。
白いシャツに紺色のスカート。
はき慣れない、パンプス。
暑さで顔が疲れ、髪の毛も乱れている。
「あがって」
母親はそう言うと、左手のリビングに入って行った。
リビングへの入り口の引き戸は、外されていた。
そのかわり、トイレへと続く廊下には、新しく手すりが設置されている。
鈴音は靴をそろえて、家にあがった。
部屋に入ると、空調がきいてて、涼しい。
リビングの大部分を占める、存在感のある大きなリクライニング付きのベッド。
窓際のそのベッドの上に、父親が座っていた。
小さい。
もともと大柄な方ではなかったけれど、ふた周りほど小さくなってしまったように見えた。
鈴音は鞄をおいて「父さん」と声をかけた。
父親は鈴音に顔を向け「おかえり」と答えた。
「母さん、これお土産」
鈴音は母親に紙袋を渡す。
「ありがとう」
母親はそう言って、中身を確認すると冷蔵庫に閉まった。
「麦茶でいい?」
母親が訊ねた。
「うん」
鈴音はそう答えると、静かに父親の側に行った。
「元気そうでよかった」
「お前も、元気そうだ」
父親がゆっくりと答えた。
「元気よ」
鈴音はダイニングテーブルから椅子を一脚持ってくると、父親の側に座った。