アイスブルー(ヒカリのずっと前)


走り去る少年の背中を見ながら、鈴音は呆気にとられていた。


「何なの?」
鈴音は門越しに、少年を目で追いかける。


華奢な体つき。
真っ黒な髪が、リズミカルに揺れている。


「中学生かと思ったら、高校生。しかも三年」
鈴音は首を傾げた。

「ストーカー?」

それから鈴音は笑いながら首を振って
「まさか。わたしにつきまとう高校生がいる?」
と言った。


縁側に取り込んだ布団を、部屋の中に入れる。
網戸を閉めながら「ここも掃除しなくちゃ」とつぶやいた。


布団を祖母の部屋に入れてから、お勝手でペットボトルの麦茶を飲む。

「やっぱり煮出したお茶の方が、おいしいな。明日スーパーに行って、必要な物を買ってこよう」


すると、玄関から電話が鳴る音がした。
鈴音はペットボトルを手に首を傾げる。


「この電話番号を知っている人は、まだそれほどいないはずなのに。」


古めかしい子機を手に取る。


「もしもし」

「もしもし……鈴音?」
鈴音はその声を聞くと顔がこわばった。


左手を頬にあて、深呼吸する。


「鈴音?」
再び男性の声がした。

「はい」
鈴音が答えた。

「よかった。番号を間違えたのかと思った」
男が言った。

「どうしてこの番号を知っているの?」
鈴音が聞いた。

「お義母さんが教えてくれた」

鈴音は目を閉じ、溜息をつく。


「元気にしてる?」

「元気よ。あなたは?」

「うん、まあ。普通にしてるよ。」

「そう、よかった」
鈴音は感情のこもらない声で答えた。

「それで、用件は?」

「用件……そう。僕たち、もう一度、ゆっくり話す機会があった方がいいんじゃないかと思って」

「正明さん。私たち、もう考えられないほどの長い時間、話し合ったと思うんだけど」

「あまりにも性急に別れてしまったと、後悔してるんだ。」
正明が言った。

「これが最善だったと、わたしは納得してる」

「僕はまだ納得できてない。毎日鈴音のことを考える」

「……わたしはもう、話すつもりはないの。新しく始めたい。」


正明は受話器の向こうで、少し考えるように黙り込んだ。


「もうここに電話しないでほしいの」

「じゃあ、鈴音とどうやって連絡すればいい? 携帯はつながらないし」

「携帯は解約したの。必要ないから」

「ここに電話するしかないじゃないか」

「もう、放っておいてほしいの。お願いだから」
鈴音は眉間に皺を寄せる。

「……わかった。また時間を置いて連絡するよ」
正明はそう言った。


鈴音は「もう二度と連絡しないで」とのど元まででかかっているのを、ぐっと堪えて飲み込んだ。

「じゃあ」
鈴音はそう言うと、正明の言葉を待たずに電話を切った。

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