アイスブルー(ヒカリのずっと前)
脳梗塞の後、片側が動かなくなった。
表情にも違和感を感じる。
父親はストライプのシャツを着ていたが、胸元からあばらがちらりと見えた。
本当に、小さくなった。
母親がお盆の上に冷えた麦茶を持ってやってきた。
「はい」
鈴音にコップを手渡す。
「ありがとう」といって、口をつけた。
母親はベッドの脇に備えられている簡易テーブルを引き出し、そのうえに麦茶をのせた。
コップにはストローがさしてある。
母親は父親の首の周りにタオルを巻いた。
父親が自由のきく左手でコップをもち、ストローに口をつける。
すぐに口の脇からお茶が漏れだした。
母親が素早くその口をタオルで拭う。
父親と母親はあきらめたように、その作業を繰り返した。
病院のベッドで父親を見た。
退院するときも見た。
でもこんな父親を見るのは、やはり心が痛んだ。
母親が「リハビリもがんばってるのよ」と鈴音に言う。
父親は黙って母親の言うことを聞いている。
「もっと動けるようになるわ」
母親は疲れた顔に笑みを浮かべた。
「そうね」
鈴音はそう答えると、父親の顔を見た。
父親の心が読めない。
何を考えているかわからなかった。
乾いた灰色の髪をきれいに撫で付け、シルバーの眼鏡をかけている。
昔、この目が怖かった。
もちろん今でも怖いと思うが、なんだか違う。
以前とは何かが違った。
「お見舞いにこようと思ってたけれど、なかなかタイミングがつかめなくて。ごめんなさい」
鈴音はそう言った。
「ああ。いいよ」
父親は小さな声で答える。