アイスブルー(ヒカリのずっと前)
父親が単身赴任中の、鈴音が高校一年生のとき、子供を身ごもった。
母親は父親に必死に隠そうとしたが、それは不可能な話だった。
すでに近所中に知れ渡っており、自然と父親の耳にもその不幸の知らせは届いたのだ。
週末、父親は帰って来た。
眼鏡の奥の瞳は、娘に失望し、怒り、加えて蔑んでいた。
鈴音は少なくともそう感じた。
母親は父親が帰る前に子供を「処分」しようとしていたが、間に合わなかった。
父親が帰ってくることを知らなかった母親は、玄関先に立った父親を見て、息をのんだ。
鈴音は祖母の側で、ただ小さくなっていた。
つわりの酷さが「僕を殺さないで」という子供の必死の訴えのような気がして、気を緩めると泣き出してしまいそうだった。
父親は正座をした。
ちらりと鈴音を見ると「子供は?」と問う。
母親が「まだ……」とつぶやいた。
父親は上質の薄手のコートを脱ぎ、母親に手渡す。
母親は無言でハンガーにかけた。
空気がぴりぴりする。
息をすると、のどの奥が焼けてしまうくらい、ぴりぴりと熱かった。
父親は祖母に「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」と頭を下げた。
祖母は鈴音の肩を優しくさする。
「恥を知りなさい」
父親はそういって、鈴音の手を引っ張る。
祖母から離されて、父親の前に座らされた。
下から見上げる、父親の顔。
恐ろしかった。