アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「墓参りにいってきたのか?」
「うん」
鈴音は頷いた。
「おばあさんと、話はできたか?」
父親が言った。
鈴音は少しびっくりした。
そんなことを言うような人ではなかったから。
「どうかな」
鈴音は少し微笑んで、そう答えた。
母親が立ち上がり、台所に下がる。
東向きの窓からは、小さな庭が見える。
父親はその庭を眺め、そして目を閉じた。
「疲れた? わたしのことは気にしないで、眠ってもいいのよ。」
「いや、違うよ」
父親が答えた。
有名化粧品会社の地方支店をまかされていた。
地方を点々として、東京の本社に戻って来た。
退職金は充分あり、年金も二人で暮らすには充分すぎるほどもらっていた。
母親も長く働いていたので、今はお金の心配をする必要がない。
「正明くんとは、あまり話せなかったな」
父親が言った。
「ごめんなさい」
鈴音はうつむく。
「正明くんは立派な人だ。お前と一緒にいてくれると言ってくれた」
「うん」
「……子供のせいで離婚したのか?」
父親が目を開いた。
鈴音はかつての叱責を思い出し、思わず縮こまる。
「そうなのか?」
父親がゆっくりと鈴音の方に顔を向ける。
眼鏡の中の瞳を、見ることができない。
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
鈴音は曖昧に答えた。
「そうか」
父親は再び目を閉じた。
てっきり鈴音の非を問いつめると思っていので、なんだか拍子抜けしてしまった。
「あのときのことを、忘れたことはない」
父親が言った。
「後悔というのとは、少し違う。自分の胸にわき上がる何かを、見て見ぬ振りをして置いて来てしまったような」
鈴音は父親の言葉を黙って聞いた。
「正明くんとお前が結婚したとき、罪悪感を少しは減らせたと思ったんだが、今になればそういう訳でもなかったな」
「父さん……」
鈴音は父親の顔を見た。
頬がこけている。
目をゆっくりと開ける。
「あの日からずっと、産まれてこなかった子供が、どこかで幸せな命を再びもらっていてほしい、と祈ってきた。今度は愛してくれる人の元に産まれてほしい、と。お前も」
鈴音の方を再び向く。
「祈って来ただろう?」
鈴音は胸をつかまれたような、息苦しさを覚える。
父親は軽く溜息をついて、再び目を閉じた。