アイスブルー(ヒカリのずっと前)
庭先に、雀が降り立つ。
小さな芝生の上を、はねるように歩く。


鈴音は立ち上がり、母親の側にさがった。
母親はダイニングテーブルの横で、父親と鈴音の様子を無言で見つめていた。


「ごはん、食べてくでしょう?」
母親が訊ねた。

「ううん。帰る」
鈴音は首を振った。

「食べて行けばいいでしょうに。ここは家よ」

「母さんが大変でしょ?」


母親は父親の側に行き、コップを片付ける。
首元のタオルをとり、何やら話しかけたが、応答がない。
ベッドサイドのリクライニングのボタンを押し、ベッドを倒した。
ベッド越しに手を伸ばし、薄手のカーテンを引く。


「寝たの?」
鈴音は小声で話しかけた。


母親が頷く。
鈴音は鞄を手に取り、玄関に向かった。


母親が「もう帰るの?」と問いかける。

「用事がまだあるの」
鈴音は玄関で靴を履きながら、嘘をついた。

「そう……」
母親も無理に引き止めなかった。

「思ったより、穏やかだった」
鈴音が靴を履きながら言った。

「日によるのよ。すごく不安定なの。おこりっぽかったり、今日みたいに菩薩のようなことを言い出したり、ね」

「そうなの?」

「病気のせいらしいわ。振り回されっぱなしよ。でも、機嫌のいい日にあなたが来れてよかったわ」

「うん」
鈴音は玄関の扉を開ける。
もわっとした熱気に身体を押されたが、思い切って足を踏み出した。

「また来て」
母親が玄関先で手を振る。


鈴音は頷いて、日差しの中に歩いて出た。


はき慣れない靴のせいで、かかとが少し痛い。
引きずりながら、駅の方へ向かった。



「祈って来ただろう?」



父親の言葉が胸の中をこだまする。


死んだ子供が、もし、今、拓海の人生を生きているのなら、祈りが届いたということだろう。


目を上げる。
真っ青な空。
祈りは、果たして届いたのだろうか。


< 123 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop