アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「いたっ」
拓海は手を引っ込める。
「どうしたの?」
「紙で切っちゃった」
拓海は切れた人差し指を鈴音に向ける。
「あら」
鈴音はそう言うと、居間に置いてある小さな棚から、絆創膏を取り出した。
「見せて」
鈴音は拓海の手を取ると
「けっこう深いね」と言って、絆創膏を張った。
鈴音の手から体温が伝わる。
細い指。
肌の感触。
爪はきれいに短く切りそろえられてる。
「幸せだな」
拓海は思わずそう言った。
「幸せ?」
鈴音がびっくりして、顔をあげる。
「そうだよ」
拓海は絆創膏のまかれた指を見て言った。
「絆創膏はってもらえた」
「それだけで?」
「うん。それだけで」
拓海は言った。
鈴音の頬が少し緩む。
拓海から視線をそらし、庭を見る。
日中は残暑が厳しく、暑くて仕方なかったが、夕方になると涼しくなってきた。
「いつ学校始まるの?」
鈴音が庭を見ながら訊ねた。
「三日後」
拓海は再びカードを並べ始める。
「あと三日か」
鈴音はそうつぶやくと「いいよ」と言った。
拓海は顔を上げ、鈴音の後ろ姿を見る。
夕焼けの色に目を細めている。
彼女の光は、強くなったり、弱くなったり。
揺れている。
「何が?」
拓海は訊ねた。
「来てもいいよ。好きなときに」
「本当? 毎日でも?」
「うん。でも高校にはちゃんと行って卒業すること。一緒に住むっていうのも、なし」
「学校を卒業したら、一緒に住む?」
「だから、それはなし」
「ええー。気が変わったりは?」
「今のところはしない」
「でも、今のところなんだ」
拓海がそういうと、鈴音は困ったような顔を見せた。
「高校を卒業したら、ここで働いてもいい?」
「お給料、出せないよ?」
「でも、二人が食べて行く分ぐらいは、稼げるんじゃない?」
「どうかな」
「がんばる」
拓海は笑顔でそう宣言した。
鈴音は拓海の顔をみて、苦笑している。
そんな彼女の姿を見て、なぜか胸の中に幸せな気持ちが広がった。