アイスブルー(ヒカリのずっと前)
十二
太陽が少しずつ顔を出す。
門を出て、家の前を箒ではく。
まだ空気は夜の静けさを含んでいる。
大きく深呼吸。
「いい気持ち」
鈴音は言った。
今日、明日とすぎれば、拓海は学校へと戻る。
きっと毎日はねるように、学校からここへ来るのだろう。
その姿を想像すると自然と顔がほころんだ。
ちりとりで落ち葉を拾おうと身をかがめる。
すると「もしかして鈴音ちゃん?」と声をかけられた。
びっくりして顔を上げる。
鈴音の母親と同じぐらいの年齢の女性が立っていた。
背は低く、エプロンをしている。
つばが広い白い帽子をかぶり、タオルを首からかけている。
手には軍手をはめ、抜かれた雑草をつかんでいた。
「?」
鈴音は首を傾げた。覚えがなかった。
「鈴音ちゃんでしょう? 面影が残ってるもの」
女性はそういうと親しげに近づいて来た。
「おばあちゃんが亡くなってから、このお家がとっても荒れてね。わたしも気持ちが沈んでたの。きれいになったわ」
「あの、失礼ですが……」
鈴音はおそるおそる訊ねた。
「ああ、ごめん。思い出せない? ほら高校で一緒のクラスだった、尚子の母親よ。尚子。覚えてる?」
鈴音は記憶の引き出しから、おぼろげな尚子という同級生の顔を思い出した。
「あそこの斜め前の小さな土地を、畑として借りてるのよ」
女性は説明した。
「失礼しました」
鈴音は謝った。
「いいのよ。もう随分になるから。尚子は結婚して家を出てね。めったに帰ってこないわ」
女性は仕方ないというように笑った。
鈴音は曖昧な笑顔を返した。
「今でも鈴音ちゃんのこと、覚えてるみたいでね、時々話題にもでるのよ。」
「そうですか」
鈴音はいたたまれない気持ちになる。
「最近引っ越して来たみたいね」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「あらそう。いい人は見つからなかったのねえ。残念」
「そうですね」
鈴音はぎこちなく相づちを打つ。
「しばらく人の出入りがあるから、お家が売れたのかしら、なんて思って見てたのよ。鈴音ちゃんが帰って来たんだったなら、おばあちゃんも喜んでるわね」
人が良さそうで、詮索好きなその女性は、そう言いながら家の方をのぞく。
「?」
「時々、男の子が入ってくのを、見かけたから。今はいないのかしら、って思って。もしかして、お子さんとか? まさかね、大きすぎるもの」
女性はそう言って、鈴音の顔を見る。
「はあ、あの、手伝いに来てくれてる男の子です。ここで、カフェを開業しようと思ってるので」
「まあ、そう! いいじゃない!」
女性は軍手をつけた手のひらをぱんとたたいて、笑顔をみせた。
「オープンした際には、ぜひよって下さい」
鈴音は頭を下げた。
「もちろんよ、寄らせてもらうわね」
女性はそう言って、汗を拭った。
蝉が鳴き出す。
「今日も暑くなりそうね」
女性はそう言うと、手に持った雑草を見せる。
「抜いても抜いても、生えてくるの。太陽が見えて来たら、もう暑くって作業できないわ」
「そうですね」
鈴音はそう言うと、これで終わり、というように箒を抱えた。
その様子を察したのか、女性も「じゃあ、これで」と頭を下げて後ろを向いた。