アイスブルー(ヒカリのずっと前)
庭を眺める。
しっとりと、湿った、涼しい風。
秋が始まるんだ。
鈴音はぼんやりと考えた。
夏休み最後の日の夜。
明日から拓海の学校が始まる。
なんだか現実感のない夏だった。
ほんとうに拓海という男の子が、この家に来て、自分と過ごしていたのだろうか。
全部自分が作り出した幻影で、夏が終わると消えて行くのだろうか。
今日、拓海は来なかった。
最後の日なのに、連絡一つもなかった。
蚊取り線香の缶を開けると、最後の一つ。
縁側で火をつける。
暗闇で、ぽうっと、オレンジ色の光がともる。
懐かしい香り。
夏の香り。
終わりなんだ。
鈴音は首をのばして、空を見上げる。
星がたくさん見えた。
網戸を閉め、部屋に戻る。
居間の電気は消してある。
テーブルの上のスタンドだけをともし、縫い物の支度をした。
客用座布団をリメイクする。
仮縫いをして、あとからミシンをかけるのだ。
「あのミシン、まだ動くかな?」
鈴音は紺色の布を手にとりながら、一人つぶやいた。
すると、かちゃん、と門の動く音がした。
「こんな時間に?」
鈴音は立ち上がり、縁側の方へ身体をのばした。
暗闇に人影。
弱い月明かりで、ぼんやりと輪郭が見える。
「拓海くん?」
鈴音は力なく立っている姿に声をかけた。