アイスブルー(ヒカリのずっと前)
十四
学校が始まって一週間。
母親との間には、ぎこちない空気が横たわる。
「昨日、結城くん、退院したって」
テーブルに簡単な朝食を並べながら、母親が言う。
「そう」
拓海は箸をとる。
「あなた、一度もお見舞いに行かないで。どうしたの?」
「忙しくて」
拓海はとってつけたような理由を話す。
母親は心配そうに、拓海の表情を見ている。
無言で食事を済ませる。
拓海はお皿を重ね、立ち上がった。
シンクに入れて、玄関に置いてあった鞄を持つ。
「もう行くの?」
母親が身体をねじり、拓海の方を見る。
「うん」
拓海は何も聞かれたくなくて、素早く靴を履いた。
「……今日も、寄ってくるの?」
「うん、遅くなる」
拓海は母親の顔を見ずに、それだけ言うと、玄関を出た。
背中に母親の視線が突き刺さる。
母親の心配はわかるけれど、今は何も話したくなかった。
扉が閉じると、重い金属音が鳴る。
コンクリートの廊下を歩き、階段を下りる。
狭くて、暗い階段。
一階に下りると、とたんに強い日差しが降り注いだ。
拓海は鞄を抱えて、歩き出した。
ふと、振り返って、団地を見上げる。
結城の家の窓。
太陽の光が反射している。
退院したってことは、あそこにいるんだ。
窓には白いカーテンが揺れていた。
しばらく結城の窓を眺めていると、突然カーテンが開けられ、結城が顔を見せた。
首の周りに包帯を巻いている。
とたんに心臓が激しく動き出した。
拓海は逃げるように、後じさりする。
結城が視線を拓海に向ける。
結城は髪を切っていた。
ストレートの髪が、頬のあたりに触れている。
しばらく拓海を見つめる。
その視線に、拓海はいたたまれなくなった。
結城の口が何か言った。
言葉が聞こえず、拓海は眉間に皺を寄せる。
結城と話す気力はなかった。
逃げ出したい。
「行くから、まって」
結城が声を張り上げた。
拓海は小さく頷いて、視線を足先に落とした。
汚れたスニーカー。
ほどけてもいない紐を、拓海はしゃがんで再び結び直す。