アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「忘れられる?」
結城が突然訊ねた。
「え?」
「あのとき俺が言ったこと、全部忘れられる?」
拓海は結城の顔を見つめた。
結城も拓海の顔を見つめた。
二人で道の真ん中で立ち止まった。
「わかんない」
拓海は答えた。
「無理だろ?」
「わかんない」
「無理だと思う」
「わかんないって、言ってるだろう?」
拓海はむきになって、声を荒げた。
結城が突然、拓海の腕に手を触れた。
反射的に拓海が身を引く。
車が一台、通り過ぎる。
埃が舞い上がった。
「ほら、無理だろ?」
「やめろよ」
拓海は涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。
「お前、馬鹿だ」
「なんで?」
「だって、そんな」
声が詰まる。
「俺、頭、おかしいんだ」
「何言ってるんだよ」
「お前のことが頭から離れない。他のことはどうでもいい。泣きわめく母親の顔を見ながら、お前がどんな気持ちでいるか、そればっかり考えてた」
「やめろって」
「女とキスも、セックスもできる。女の胸や足に視線がいくし、やりたいって思うときもある。でも、おまえが」
「やめろよ!」
「気持ち悪いだろ?」
結城が笑いながら訊ねた。
拓海は答えに困る。
「俺が気持ちわるい。吐きそうだ」
「いつか、普通になるよ」
拓海は言った。
「普通って、何?」
「だから……」
「お前じゃない、他の女性を、愛せるってこと?」
「きっと、お前だけの、特別な人が」
「お前に特別な女性が現れたみたいに?」
結城がつぶやくように言った。
「そうだよ。絶対に現われる」
結城が首を少し傾ける。
さらさらの髪が額にかかった。
「残酷だな」
そう言った。
拓海は思わず顔を背けた。
顔を見ることができない。
どうしてもできない。
「わかってる。俺が狂ってるんだ」
「そういうことじゃ、ない」
「違う?」
「なんだよ、俺にどうして欲しいんだ?」
拓海は顔を上げて、結城の顔を睨みつけた。
「これから先ずっと、お前と一緒にいるって言ってほしいの? それとも気持ち悪いから側に来るなっていって欲しいの?」
拓海は大声を出した。
「できるわけないだろ! どっちもできないよ!」
拓海の目に涙がにじむ。
結城は悲しげな顔で立ちつくしている。
「なんであんなことしたんだ。馬鹿野郎!」
拓海はそう叫ぶと、結城に背中を向けて走り出した。
コンクリートを力強く踏みつけて、足が痺れた。
埃っぽい空気にむせそうになる。
走って、
走って、
走って、
それから振り向いた。
結城が立ち尽くしている小さな姿が見えた。
うなだれ、肩を落としている。
それから結城は団地の方へゆっくりとあがって行った。
拓海は猛烈に動いている心臓の音を聞きながら、その姿が見えなくなるまでじっと見続けた。