アイスブルー(ヒカリのずっと前)
十五
鈴音はカレンダーを見る。
カフェの開業まで後少しだ。
メニューも決まり、仕入れ先も決まった。
拓海がデザインしたカードも、近所のポストに入れて回り、カフェオープンを知らせた。
九月に入ると、あっという間に秋の色が濃くなる。
相変わらず蝉は泣いているし、日中は暑いけれども、太陽が沈むと少し肌寒い。
拓海は学校が終わると、一目散にかけてくる。
今日はでも、何かの当番で少し遅くなると言っていたか。
拓海と、これからどんな風に過ごして行くのか。
いろいろ言われるだろうことは、簡単に予想できた。
父親と母親も、呆れて肩を落とすだろう。
けれど鈴音の心に、不思議と迷いはなかった。
とても当然の成り行きだという気がした。
これまでの人生で、何回か、恋と呼ばれるものをした。
胸がときめき、会えないと切ない気持ちになる。
相手のことを考えるだけで、身体の奥でうずくような、本能的な欲望。
拓海には、そういったものは一切感じなかった。
ただ一緒にいると、満ち足りていて、落ち着いて、とても自然なことのように感じる。
これが、幸せ、というものなのだろうか。
鈴音はカレンダーをめくり、十月の予定を見る。
何も書かれていない。
予定はない。
でも、きっと、幸せだ。
鈴音は自然と微笑んだ。
台所の時計を見上げると、五時すぎ。
この時間になると、薄暗くなってくる。
鈴音は裁縫を終えてしまおうと、居間に戻った。
テーブルの上に、縫いかけの布がある。
ランチョンマットも、自分で縫うことにした。
何もかも手作りで、それが祖母の心に通じるようで、うれしかった。
布ばさみを手に取り、印をつけた場所を切る。
糸くずが鈴音のゆったりとしたスカートの上におちる。
鈴音はそれをつまんで、テーブルの上にのせた。