アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「ごめんなさい」
鈴音はやっと声にだした。
あらゆる意味で謝罪したかった。
心労をかけたことを、そして拓海とはやはり離れられない、ということを。
「ごめんなさい。違うんです。なんて言ったらいいのか。私からそんな話をしたわけじゃなくて……」
母親が顔をあげる。
目が必死だ。
「結城くんが……あの子の一番の友達が、拓海はあなたが堕ろした子供の生まれ変わりだと」
鈴音はその言葉に頭を揺さぶられる。
「あの」
鈴音は否定しようとするが、うまく言葉にできない。
「産まないという決心は、とてもつらかっただろうと思います。わかります。私もあの子を妊娠したとき、本当に苦しかった。すべての人が敵だと感じました。だから、産まないという決断を責めるつもりはないです。でも……あの子を、身代わりにしないでください!」
母親が静かな悲鳴のような声をだす。
「私が産みました。
産んだ。
一人きりで、
つらくて、
でもあの子のために生きて来ました」
「本当に、なんて説明をしたらいいのか」
鈴音は涙が出そうになる。
すると母親は、さっと手を伸ばし、テーブルの下から布ばさみをつかんだ。
鈴音ははっと身構える。
母親はその刃先を自分の首にあて、鈴音を見た。
責めている目ではない。
怒りの目でもない。
ただ必死だった。
我が子を守りたい、という目。
「あの子を、嘘か本当かわからないような、馬鹿みたいなオカルト話で、縛り付けないでください」
「違います! 誤解です!」
鈴音が声をあげる。
「誤解? 自分で客観的に考えてみてください。おかしいでしょう? こんな話。子供ほど離れている十代の子に、自分を特別な存在だと思い込ませて!」
母親は思わず中腰になり、はさみを握る手が、赤くなっている。
「ちが……」
「母親は私です」
刃先が母親の首物とに食い込む。
「あの子を守らなくちゃいけない。もし、私のこのお願いを聞いていただけないのなら、今ここで、自分の首を切ります」
「や、やめて……ください」
鈴音は心臓が飛び跳ねる。
手が震える。
脅しではないことがわかった。
「あの子には、もう近づかないで。せめて大人になる、」
そこで、門扉が開く音がした。
母親の注意がそれる。
「鈴音さーん」
拓海の声がした。
母親の腕から、力が抜けたように見えた。
鈴音はすかさず手を伸ばす。
はさみの柄をつかむ。
母親は反射的に、その手を払った。
鈴音はそれでも必死にはさみを奪おうと手を出した。