アイスブルー(ヒカリのずっと前)
二
強い風が身を凍らせる。
激しい吐き気と、地に引き込まれそうなけだるさで、鈴音は涙が出そうになった。
冷たくなった手を、母親が冷たい手で引っ張る。
「母さん、しんどい。もう少しゆっくり歩いて」
鈴音はこわばった母親の横顔に哀願した。
「病気じゃないんだから、気の持ちようなのよ。もう少しで楽になるから我慢なさい」
雑踏を目的地に向かって早足で進む。
たくさんの人にぶつかりながら、泣きながら、それでも歩を緩めない。
「母さん……」
鈴音が再び声を上げても、母親は鈴音の顔を見ようともしなかった。
ふと鈴音は視線を背中に感じて立ち止まる。
後ろを振り返る。
枯れ葉が舞う風の中に、少年が立っていた。
白い夏服に、学生ズボン。
黒くて艶のある髪に、幼い顔。
鈴音は息を飲む。
少年の露出した腕に、茶色い葉があたる。
少年は静かに鈴音に歩みより、痩せ細った肩を抱きしめる。
秋なのに、少年の髪からは太陽の香りがする。
「お願い。引き離さないで」
そこで鈴音は目を覚ました。
雨戸の隙間から、朝の光が漏れている。
しばらく目を開いて天井を見つめる。
「しんどい夢」
鈴音は言った。
布団の中で身体を丸めて、枕に顔を埋める。
太陽の香りがする。
「ああ、この香りか」
鈴音は再び目を閉じた。
胸がざわついている。
先ほどの夢を思い出す。
母親はあのとき、罪に加担せざるをえない現実に、激しく怒っていた。
そして鈴音を責めていた。
「もう昔の話なのに」
鈴音は眉間に皺を寄せる。
あの少年。
あれは誰?
ふと、昨日の学生を思い出す。
「あの子が夢に出て来た」
鈴音は目を開いた。
「ごちゃごちゃに、いろいろ混ざった夢」
鈴音は身体を起こした。
「今何時だろう。携帯がないと、時間もわからない」
鈴音は苦笑した。
きしむ雨戸を開く。
朝の湿った緑の匂いが、部屋に流れ込んだ。
「いい天気」
鈴音は笑顔になる。
「さあがんばって、この家を生き返らせよう」
鈴音はそう声に出して言うと、布団をたたみ始めた。