アイスブルー(ヒカリのずっと前)



強い風が身を凍らせる。


激しい吐き気と、地に引き込まれそうなけだるさで、鈴音は涙が出そうになった。

冷たくなった手を、母親が冷たい手で引っ張る。


「母さん、しんどい。もう少しゆっくり歩いて」
鈴音はこわばった母親の横顔に哀願した。


「病気じゃないんだから、気の持ちようなのよ。もう少しで楽になるから我慢なさい」


雑踏を目的地に向かって早足で進む。
たくさんの人にぶつかりながら、泣きながら、それでも歩を緩めない。


「母さん……」
鈴音が再び声を上げても、母親は鈴音の顔を見ようともしなかった。


ふと鈴音は視線を背中に感じて立ち止まる。

後ろを振り返る。

枯れ葉が舞う風の中に、少年が立っていた。


白い夏服に、学生ズボン。
黒くて艶のある髪に、幼い顔。


鈴音は息を飲む。


少年の露出した腕に、茶色い葉があたる。
少年は静かに鈴音に歩みより、痩せ細った肩を抱きしめる。

秋なのに、少年の髪からは太陽の香りがする。



「お願い。引き離さないで」





そこで鈴音は目を覚ました。
雨戸の隙間から、朝の光が漏れている。
しばらく目を開いて天井を見つめる。


「しんどい夢」
鈴音は言った。


布団の中で身体を丸めて、枕に顔を埋める。
太陽の香りがする。


「ああ、この香りか」
鈴音は再び目を閉じた。


胸がざわついている。
先ほどの夢を思い出す。



母親はあのとき、罪に加担せざるをえない現実に、激しく怒っていた。

そして鈴音を責めていた。


「もう昔の話なのに」
鈴音は眉間に皺を寄せる。



あの少年。

あれは誰?


ふと、昨日の学生を思い出す。


「あの子が夢に出て来た」
鈴音は目を開いた。


「ごちゃごちゃに、いろいろ混ざった夢」


鈴音は身体を起こした。


「今何時だろう。携帯がないと、時間もわからない」
鈴音は苦笑した。


きしむ雨戸を開く。
朝の湿った緑の匂いが、部屋に流れ込んだ。


「いい天気」
鈴音は笑顔になる。


「さあがんばって、この家を生き返らせよう」
鈴音はそう声に出して言うと、布団をたたみ始めた。


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