アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「こんなところで寝ちゃったの?」
母親の声で目が覚めた。
「ん? 今帰って来たの?」
拓海は目をこすりながら、身体を起こした。
「おかえり」
「またテレビを見ながらうたた寝したのね?」
母親は疲れた顔に、笑みを浮かべる。
「ごめん。あれ、今何時?」
拓海はテーブルの上の携帯に手を伸ばす。
「四時半」
母親は一つにまとめた髪を、洗面所でほどいていた。
「もうそんな時間か」
拓海はあくびを一つした。
「明日も学校なのに、こんなねかたをしたら授業中うたた寝するわよ」
母親は髪をとかしながら、拓海を鏡越しに見る。
拓海はごろりと畳の上に寝転んだ。
「もう、布団に行かなくていいや」
そんな姿を見て、母親は笑いながら溜息をついた。
「ねえ、母さん」
「何?」
「お昼の仕事だけでいいんじゃない? 最近休んでないよ」
「そうね。しばらく拓海とちゃんと話をしてない気がする」
「僕が卒業したら働くよ。だからそんなに無理しなくてもいいって」
「働きたいの?」
拓海は身体を起こして母親を見る。
「うん。母さんも少し楽になる」
母親はブラシを鏡の前に置き、拓海の側にきた。
「好きなようにしていいのよ」
拓海のさらさらの髪を手でなでた。
「もう、やめてよ。恥ずかしいな」
拓海が頭をそらして、母親の手から逃れる。
「昔はお母さんにべったりだったのに」
母親は不満そうに口を尖らせた。
「もう十八になるんだよ」
「そっか来月、お誕生日だね」
母親は目を細めて拓海を見る。
「大きくなった」
「身長はあんまり伸びないんだけど」
拓海が軽くうなだれる。
「しょうがない。母さんがあまり大きくないもの。でも、結構男らしくなったわよ。昔は女の子によく間違えられてたけど。今は誰も間違えないでしょう?」
「でもこの間、中学生だと思われた」
母親は笑うと「残念だったね」と言った。
拓海がふくれる。
母親は寝室に入ると、寝間着に着替えた。
拓海はその気配を背中に感じながら、まだ三十代前半にも関わらず、疲れて、余裕のない母を考えた。